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第12話

 先生はといえば、当たり前だろうけど平然としている。先生は別に、僕とキスできなくたってなんとも思わないんだろう。むしろ、面倒が減ったと喜ぶに違いない。 「……あーあ。もっといっぱいテストがあったら良かったのにな」 「あのな。おまえテストのために勉強してんじゃねえだろ」 「テストのためじゃないよ。先生とキスするためだよ。勉強しなくってもキスできるんなら、勉強なんかしたくないよ」 「……ほんとおまえ、はっきりしたやつだな」 「バレてるもん隠したってしょうがないじゃん」 「まあな」  本当は、もう一年くらい受験が先なら良かったと思っていた。半年なんてあっという間だった。受験は来月にせまっている。先生と賭けができるのは実質もうあと一回しかない。  最後の最後、大トリの試験。  それが終われば、先生との契約も終わりで、もうキスをすることも、こうやって会話をすることも、会うことすらできなくなる。それを考えると頭がおかしくなりそうだった。 「ほんと、なんでおれ、先生なんか好きになっちゃったんだろ」  しみじみとつぶやいた。先生がムッとした調子で答える。 「そんなの、俺が知るかよ」 「先生ってさ、誰とでもキスするの?」 「そりゃまあ、時と場合によるな」 「ふうん。まあ、おれとだってできるくらいだもんな」 「おいおい、受験前に悲観的になってくれるなよな。これでおまえが落ちたらシャレになんないぜ」 「あのさ、仮にも受験生なんだから、おれ。このナイーブな時期に落ちるとか言わないでくれる」 「大丈夫だよ、今の成績なら」 「ねえ、先生。受かったらさ」  そう言った僕の顔は、先生にもすでにお見通しなくらい見慣れているものだったんだろう。嫌そうに眉をよせた。 「……何」 「受かったら、どうする?」 「……どうするもなにもねえよ。別にキスくらいならしてやるよ」 「でもさ、受験は今までのテストとは違うんだぜ。もっとすごいだろ。じゃ、褒美ももっとすごくないとだめじゃん」 「あのな、今のおまえの志望校にたいして、おまえの成績ならまず間違いないって言ってんだろ。そんなの、はなっから結果が決まってるのに賭けになるわけないじゃん。だいたい、もっとすごい褒美ってなんだよ」  そう言ってから、先生はさらに表情を固くした。 「あ、俺ちょっと想像しちゃった。やべ。やばいってマジ」 「どんな想像したんだよ」 「いいから、おまえは受験がんばれ。受かったらさっきみたいなキスしてやるから」  先生がどんな想像をしたのかは知らないけれど、本当はキスなんかより、もっと先の褒美が欲しかった。  先生に触れたい。  そう言ったら先生はどんな反応をするだろう。後に引けない感じで、あるいはいつものように、結局最後は、わかった、と言ってくれるだろうか。  そんなわけないか。  ここまで僕の無理な要望につき合ってくれたのだって、奇跡みたいなことなのだ。 「だいたいおまえ、受験なんて自分のためなんだからさ、褒美って」 「海、連れてってよ」  僕の言葉に、先生は動きを止め、ぽかんと口を開けた。 「……海?」 「そ。春休みにさ。寒いかな。ま、寒くてもいいよ、泳ぐんじゃないし」 「海行ってどうすんの」 「別にどうもしないけど。去年の夏は海どころかどこにも遊びに行ってないんだぜ。冬休みだって、クリスマスもお正月も塾でさ。かわいそうじゃん、おれ。受験から解放されたら、ちょっと海でも見て気い抜きたいよ」  僕の提案に、先生は反対するはずもない。 「……ま、いいけど。なんか普通だな」 「なんか期待してたの?」 「するかバカ」 「じゃ、約束ね。おれ、ほんとがんばるからさ。ちゃんと賭けになるように。マジ、がんばるよ」 「……おう」  僕の意気込みに、先生は気圧されたようにうなずいた。  だって、先生はまだ知らないからだ。  僕は先生に、僕の本気を見せるため、言わずにいることがある。  両親とも学校の先生とも話し合って、僕は受験先の高校のランクをだいぶ引き上げた。  これは、一種の挑戦なのだ。  もしこれで落ちてしまえば、僕の先生への気持ちもそれくらいだったってこと。  だからこれは、先生に言う必要のない賭けなのだ。  僕と、自分との賭けだから。

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