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第14話
先生は、濃緑のRV車で現れた。
「これ、先生の?」
「友だちに借りた。そいつ、タヒチ行ってて一週間くらいいないから」
「タヒチ! いいなあ。おれも海外旅行って言えばよかった」
「そんな金あるかバカ」
先生の運転は、ぶっきらぼうだけど丁寧だった。マナーの悪い車には毒を吐くけど、車線変更する車にはちゃんと譲ったりしている。
天気は快晴で、風は心地いい。先生は窓を全開にして肘をつき、煙草を吸っている。煙はちゃんと外に吐き出している。横顔はとても端整だ。
「先生は、最近海行った?」
「……行かねえなあ。なんか海とか、わいわいするのって苦手」
「へえ。女の子とかとグループで行ったりするのかと思ってた」
「おまえ、俺にどんな印象持ってるわけ? 俺ってそんな軽薄な感じ?」
軽薄な感じ、はしない。先生の印象は、生っ白 くってだるそうで、何にたいしてもやる気がなさそうな感じ。それを素直に言うと怒られそうだからやめた。
「だって、モテるって言ってたし」
「モテるやつは海行かないとダメなのかよ。あいにく、つき合う女に海連れてけなんて言われたことねえなー。俺が行きそうにないのわかってんじゃないの? 言ったの、おまえくらいだよ」
つき合う女、と、おまえくらい、という単語だけ、頭に残った。僕は先生の中で、どういう立ち位置になってるんだろう。
「やっぱ平日だと道空いてるなー」
「だね」
郊外に出て、道は一直線になった。住宅地を抜け、しばらくはのどかな田園風景を眺める。山を一つ越えると、その先は海だ。およそ二時間かけて、僕らは浜辺に到着した。
「ここらでいいか」
春の砂浜は、人けもなく閑散としている。水平線には薄く靄がかかり、波は灰水色だ。やっぱり海は、夏のものだ。他の季節に見ると少し物悲しい。
「な」
乾燥した砂の上を歩く僕の後ろから、先生が呼びかけてきた。
「え?」
「なんで海だったの」
振り返ると、潮風にあおられて先生のやわらかなくせ毛が舞い上がっていた。細身の体が大きめのパーカの中で泳いでいる。
「ただの思い出づくりだよ」
「思い出」
「うん。海だと、絵になるだろ」
「絵にねえ。何、おまえ、俺のこと忘れるつもりでここにきたの」
あいかわらず、先生は普通なら言いにくいことをずけずけ言う。でも、そんな先生が僕はやっぱり好きだ。
「忘れなくてもいいの?」
「ま、期待持たせるようなことは言えねえよな。俺、そんな人でなしじゃないから」
先生は僕の隣に並んで、不愉快そうに目を細めた。
「背、のびたな、おまえ」
「たぶんもう、先生より高いよ」
「ちぇ。気にくわねえの」
「ね、手つないでいい?」
僕がそう言うと、先生は呆れたように眉をよせた。
「おまえ、バカじゃねえの? 男どうしでそんなことしてたら変な目で見られるに決まってんだろ」
「いいじゃん、人なんていないのに」
「おまえ、大胆だなーけっこう」
実際、海なんて言ったのは、ただ単に遠出したかっただけなのだ。誰も知る人がいないところに来たかった。僕のことも、先生のことも。そして、ただ先生を独り占めしたかっただけだ。
「腹へったなー。なんか食う?」
「え、もう?」
「え、へらね?」
「まあ、へったっていえばへったけど。もう行くの?」
「だって、こんなとこ何もないじゃん」
「それはそうだけどさ」
僕らはまた車に乗り込み、岬をくるりと回った。片側を切り立った崖が迫る細い道だ。この先、奇岩岬。文字の消えかけた看板が海からの強風にがたがたと震えている。
「海鮮料理のうまい店があるらしいぜ」
先生はそう言って車を走らせた。岬の突端は奇岩が見られることでちょっとだけ有名らしい。ガイドブックの端っこに、五行くらい紹介されるくらい。
朝にはよく晴れていた空に、雲が増えてきた。風に水分が含まれている。
天気が崩れてくるかもしれない。
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