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第15話

 鉄板焼きで昼食をすませたあと、奇岩岬のいびつな形をした岩肌を歩いた。 「雨きそうだな」 「あんなに晴れてたのにね」  見る間に、空は薄暗くなってきた。せっかくの思い出づくりだっていうのに、ついてない。  でも、あんまり陽が照ると先生は不機嫌そうな顔をするからちょうど良かったかもしれない。曇り空の下を、先生は気持ちよさそうに歩いている。 「あ、そうだ」  僕のつぶやきは、風上の先生には届かなかったようだ。近くまで寄って、呼びかける。 「先生」 「ん?」 「そういえば、受験がうまくいったらキスさせてくれるって言ったよね」 「ああ。言った。まさかおまえ、ここでとか言うんじゃないだろうな。冗談いうなよ」 「絵になるのに」 「ドラマとかの見すぎじゃねえの、おまえ」 「じゃ、どこならいいの」 「人目のないとこ」 「どこだよ、それ」 「……さあ?」 「ちょっと訊いていい?」 「何を」 「女の人相手だったら、人目があってもいいの?」  僕の問いに、先生は少し考えて、振り向かずに答えた。 「女でもしねえな」 「……そう」  どうしてそんなことを訊いてるんだろう。僕は軽く落ちこんだ。自分が、そんなに気にしているとは思わなかった。男どうしだってこと、とっくに吹っ切ったと思っていたのに。 「不便だな、男どうしって」 「な。いろいろ面倒なんだよ。だから、普通に男女交際してるほうがいいって。おまえもまだ若いんだし」  妙にじじくさいことを言う。 「でもなー、理屈じゃないんだよな」  僕は肩を落とした。  今や、この複雑な心境を吐露できるのは当の本人である先生にだけだ。 「わかってるよ、おれだってさ。でも、好きなもんはしょうがないじゃんか。考えたくなくたって先生のこと考えちゃうし、勝手に頭の中に顔が浮かんでくるし、会えないと思うともう会いたくてたまらなくなっちゃうんだよ。キスしたくってたまんないし、触りたいと思うし、あきらめられるんならあきらめたいよ、ほんと」  先生は無言でそれを聞いていた。 「先生なんて口悪いし冷たいしさ、態度でかいし」 「言ってくれるな、てめえ」 「おれのことなんて全然眼中にないし」  風が一段と強くなる。押されて、先生の体がわずかにゆらぐ。僕は思わず支えようとして身をのりだした。  腕をつかむと、きょとんとした先生が振り返る。 「大丈夫だよ。こけやしねえ」 「……うん」  そのまま、横に並ぶ。一緒になって、灰色の水平線を眺めた。 「でもさ」 「ん?」 「感情をあんまり出さないだけなんだよな、先生って。本当はおれのことよく考えてくれてるしさ、さりげなく優しいしさ、言いたい放題言ってるけど、言葉には嘘がないんだよな。だからおれ、先生のこと好きなんだよ。先生のいろんなとこ知れば知るほど、好きになっちゃうんだよな」  先生は、足元に視線を落としていた。白く泡立った波が岩にぶつかってはじけ、ときおり僕らのところまで届く。青白いその横顔からは、感情を読み取ることができない。先生と、もっともっと一緒にいれば、細かな感情の機微がわかるようになるだろうか。  でも、もうムリな話だ。  ぽつりと、頬に雨粒があたった。見上げると、曇天に暗雲がうずまいている。 「きたか」  ぱらぱらと、茶色い岩肌に細かな染みができてゆく。 「帰ろうぜ」  先生が先に踵を返した。僕は何も言わずに後を追った。  約束の時間は終わったのだ。  最後になるかもしれない先生の後ろ姿を、僕は目に焼きつけた。

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