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第19話

 夕飯は、一階のレストランですませた。そのころには雨もすっかりやみ、外には星まで出ていた。することもないし、僕らは浜辺を散歩することにした。 「なんか、冗談みたいな天気だな」  星空を見上げて先生が言う。 「スコールみたいな感じだったね。短時間に集中的に降る」 「受験生の台詞だな」 「もう終わったんだからさっさと忘れたい」 「忘れてどうすんだよ。おまえが入ったの、すげえ進学校だぜ。ついてくの大変かもな」 「やっぱり? おれも、入ったあとのことまで考えてなかったんだよね。ついてけるのかなあ」 「大丈夫だろ、おまえなら」 「本当?」 「俺が保証してやるよ」  現役医大生の保証つきなら、悪くない。僕の買ってきたシャツはちょっと大きかったらしく、先生は子供みたいに肩の線を落としている。裾も出しっぱなしだから、年齢よりもずっと幼く見えた。 「先生って、現役合格だよね。やっぱすげえ勉強した?」 「おう。もうしたなんてもんじゃねえよ。一日何時間したっけ。っつーか、今の方がもっとしてるけど」 「え、そうなの?」 「卒業のときには国家試験が待ってんだぜ。悠長に遊んでるわけにいかないっつーの。今はまだいいけどさ、五回生になったら実習始まるからバイトもしてらんねえしな」 「そんなに勉強しないといけないんだ」 「そりゃまあ、人の命預かる仕事だしな」 「先生ってすげー」 「国家試験受かってから言ってくれ」 「おれもがんばろ」 「え、おまえも医者になんの?」 「そんなわけないじゃん。おれ、そんなに頭良くないもん。でもさ、先生ががんばってんだから、おれもがんばろうと思って。せっかくいい高校入れてもらったんだし」 「……入れて、って、おまえが自分でやったんだろ。俺の功績じゃねえよ」 「でも、先生がいなかったらあんな必死にやんなかったよ。だから先生のおかげ」 「……ま、いいけど」  夜風はまだ冷たい。寒くなってきたので、僕らはホテルに戻った。  部屋の冷蔵庫から、先生は缶ビールを二本抜き出した。一本を僕に渡してくれる。 「え、いいの?」 「卒業アンド進学祝い。そういや言ってなかったと思ってさ。ナオくん、卒業、そして合格おめでとう。あ、親には言うんじゃねえぞ」  先生はプルトップを開けて、缶を差し出してきた。僕も急いでプルトップを起こし、缶を打ち合わせる。 「ありがと」  ビールを飲むのは初めてで、苦味ばかり口に残った。先生は、くいっと傾けておいしそうに咽をならしている。僕はやせ我慢をして、ぐぐっと飲んだ。やっぱりまずい。 「おまえさ」 「ん?」  ベッドに腰かけて、先生は唐突に言った。 「ほんと何で俺なんか好きになったんだろうな」 「……今さらそんなこと言う?」 「俺、よくわかんねんだよな。好きとかそういうの。今までつき合った女とかもさ、初めは好きとか言って近寄ってくるのに、そんな人とは思わなかったとか、冷たいとかさ。いったい俺のどこが好きだったんだっつーの。人のことよく知りもしないで、よく言えるよな、とか思っててさ」 「……おれ、先生のことよく知ってるよ」 「うん。おまえ、さっきいろいろ言ってたじゃん。俺の性格のことさ。なのにまだ、好きとか言うだろ? だからよけいわかんねんだよ。普通、好きにならねえだろ」 「そんなことないよ」  僕はあわてて否定した。先生は、何かひどく勘違いしている。 「どうしてそんなこと言うんだよ。今までつき合った人は、先生のことよく知らなかっただけだよ。知る前に離れてったんだよ。知ったら、絶対もっと好きになるって」 「ンなことねえだろ」 「なんだよ、けっこうモテるとか言ってたわりに、全然自信ないんだな。じゃ、好きになったおれはどうなるわけ。見る目なかったってこと?」 「そ。だから俺なんかやめとけって」 「先生は自分が見えてなさすぎだって。主観と客観は違うんだぜ。おれは先生のいいところも悪いとこも知ってる。先生は、自分のいいとこ知らないんじゃないの? 悪いとこばっか見て、結論出してるんじゃないか。偏った論証は解答として不適切。だろ?」 「……受験生」 「結局なんと言われようとさ、好きになるのに理由なんてないだろ。頭で考えて好きになるんじゃないんだから。気がついたら好きだったんだから、しょうがない。今さらやめとけって言われてもなあ」 「ま、いいけど」  先生は、そう言って仰向けに倒れこんだ。

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