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第23話 ※
思ったとおり、保湿クリームはすぐに先生の体温に溶けて、僕の指先はするりとそこへ入りこんだ。
「い」
横向きに寝た先生の背が、大きくしなる。
「痛い?」
「……いや」
するすると指を滑らせると、またしても先生の腰が逃げようとする。
「やっぱり痛い?」
「痛くねえけど、気持ち悪い。さっさとしろ」
さっさと、は残念ながらするわけにいかない。
僕は先生が逃げないように押さえこんで、指先を入れたり出したりしながら、少しずつ広げていった。内壁をぐるりとなぞると、先生の首が仰ぐように上がった。その反応に、僕の股間がどくんと脈打つ。あ、やばい。
マジ、早くつっこみたい。
でも、ここで暴走するわけにいかない。僕は、僕だけが満足したいわけじゃない。できれば、先生にだって一緒に、心地よくなってほしい。
指を根もとまで差しこみ、慣れてきたら一本ずつ本数を増やしながら、時間をかけてゆっくりとほぐしてゆく。予習をしたとはいえ、本当にこれでいいのか不安になる。
痛くはないだろうか。少しは気持ちいいだろうか。
先生に訊いてみたいけれど、訊いたら怒りそうだから訊かないでおく。ただ、そっと覗き見た先生の表情は、辛そうでも不快そうでもなかった。先生の入り口も内部も、だいぶやわらかくなってきた。
「もう大丈夫かな」
「……いいよ、入れろよ」
僕はズボンを脱ぎ捨てて、上向きになった先生の立てた膝の間に身体を入れ、すっかり形を成したそれを押し当てた。熱くて、どうしようもなくなってる。でもまだ躊躇する。おもいっきり入れたら、先生が壊れちゃいそうだ。
「力、抜いてよ」
「……わかって、る……って」
ゆっくり、少しずつ押し込んだ。先生の中はすごい圧迫感で、ちょっと窮屈で苦しい。先生も力を抜こうとして、もう隠さずに大きく呼吸を繰り返している。
「痛くない?」
「……待て。力入れると、さけそう」
「え」
思わず引き抜きそうになった。でも、ここでやめたらもうできない。先生だって、がまんしてくれてるんだ。
僕はできるだけ先生に負担をかけないよう、静かに、かつ迅速に進入を試みた。でも、入れば入るほど、先生の膜は四方八方から僕に絡みついて、気を抜けばイッてしまいそうになる。
「……まだ?」
訊かれて、返事をする前に、僕は最後の一押しをすませた。
「う」
「入った、全部」
「……そ。……」
先生は、それまで持ち上げていた頭を、放るようにして下ろした。終わったとばかりに脱力している。
「先生?」
「ばっ……、動くな」
「……だって、動かないと」
「あ……そか」
「いい? 動いても」
「……しょうがねえよ。そういうもんだし。っつーか……」
「ん?」
「……なんでもない。さっさとしろよ」
僕は先生の様子を見ながら、そうっと腰を動かした。始めはわからないくらい小刻みに、それに慣れてきたら、少しずつ振り幅を大きくする。
「先生? 大丈夫?」
「……うー」
苦しそうに眉間によせられたしわが、どっちの意味を持つのか判断できない。正直僕は、誰かの中にこうして入ることが初めてだから自信はない。でも、本当に苦しいのならさすがに表情でわかるんじゃないかと思う。
保湿クリームがいい働きをして、抜き差しは想像していたよりずっとスムーズだった。先生の身体も、しだいに強張りがとれてやわくなる。白い肌が全体的に火照って、しっとりと汗ばんでいる。
僕の動きに合わせて呼吸する先生の、ときおりもどかしげに首が揺れるのがたまらない。こらえかねたように口元をおおった手を、手を伸ばしてそっと外すと、いまいましそうに睨まれた。でもその目つきさえ、僕を昂 らせる。引き結ばれた薄い唇が、ときおりほろりとほどけて震える。
もし、少しでも気持ちいいとか感じてくれているなら声を出してくれればいいんだけど、あいにく先生の性格ではきっと、出そうになっている声を何が何でもがまんしているに違いなかった。
「先生?」
「……」
「先生」
「……何」
「おれ、もう死んでもいい」
「……ば、……―か」
「先生」
夢のようだった。まさか、先生を抱けるとは夢にも思わなかった。
思いついても、考えないようにしてたのだ。現実を見たとき辛すぎるから。かなわない願いに、絶望しそうになるから。
僕はつながったまま、先生を抱き起こして座った。ガラス窓に枕を重ねて、先生をもたれさせる。体位を変えられて辛いのか、先生は情けない声を出した。
「……なんだよ、もう」
先生の向こう側に、一面の星とかすかに揺れ動く波。
遠く絶え間なく寄せては引いてゆく音。
先生の白くなまめかしい肢体と、色の抜けた前髪の乱れた隙間から覗く、僕を見つめる眼差し。
「……そういえば先生、彼女いたっけ」
「……いたな」
「いいの?」
「何が」
「だから、こういうの」
く、と僕が腰を動かすと、先生は目をきつく閉じて眉根を寄せた。その、どこか泣きそうにも見える表情は、僕を煽る。
「こういうの、浮気になるんじゃないの?」
「……ならねえ」
「え?」
「……別れた」
「ッ、いつ」
「さっき……」
「さっきって、電話?」
「……そ」
「今晩の用事って、それだったの?」
「……そ」
「え、もしかしておれのため」
「ちがう。会って、なかったし。……他のやつ、いる、みたいだし……」
僕はぐったりとしている先生に身体を寄せ、キスをした。深く合わせて先生の口内を探る。隙間から漏れる先生の呼吸は熱く荒く、舌を絡ませても熱に浮かされたように弱々しい。顎の下を食みながら訊いた。
「先生ってさ」
「……んー」
「おれのこと好きなの?」
先生は、めんどくさそうに答えた。
「……好きとか、わかんねえって……言ったろ」
「でも、好きなんじゃないの? やっぱ」
「いいから」
先生は僕の肩に額をつけた。
「……やく」
「え?」
「……早く、イカせろ」
「ッ、はい」
僕の体温が一瞬で上昇する。先生の中に入っている部分が特に。
この幸福が終わるのはもったいないけれど、先生のイクところを見ないわけにいかない。
先生を寝かせ、正規の体位に戻って律動を再開する。先生の方も達するように導いてゆく。
先生は僕の腕の中にいて、僕自身はというと、先生の中にいて。
「先生」
先生、
先生、
先生。
星と、波音の降る中、先生は夢のようにキレイだった。
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