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第5話 世話女房
「織田はどこに住んでいるんだ?」
「俺か? 俺は新宿署に近い警察の寮だ」
「寮生活か。設備はいいのか?」
「寝る場所とシャワーがあるだけだ。寂しいもんだよ」
「お前、実家は都内だろう? なんで寮になんか住んでいるんだ?」
「生活が不規則で家族に迷惑をかけるしな。寮のほうが何かと身動きしやすいんだ」
なるほど、男ばかりの警察の寮にいれば、周囲にゲイの一人や二人はいても不思議じゃないような気がする。
どうやら織田は結婚はしていないようだ。
この様子だと女もいないんじゃないかと想像する。
恋人はいるのか、と聞いてみたかったが、さすがにそこまでは聞けなかった。
「人の家に上がりこんでずうずうしい頼みがあるんだが……」
「なんだ? 俺に出来ることか?」
「十五分だけ横になっても構わないか? 床の上でいいから」
「寝るならベッドで寝てもいいぞ」
「いや、ここでいい」
岬の許可をもらうと、織田は上着を脱いでカーペットの上にごろりと横になった。
「ずっと車にいたから足を伸ばして横になりたかったんだ」
携帯のアラームを手早くセットすると、織田はあっと言う間に寝息をたて始めた。
どちらかというと寝つきの悪い岬にとっては、驚くほどの早業だ。
放り出したままのスーツの上着をハンガーにかけながら、案外大雑把なヤツなんだな、と織田の顔を眺める。
岬は几帳面なところがあり、酔って帰ったとしても衣服をそこらへんに放り出して寝ることなどなかった。
それにしても刑事というのは想像以上に大変な仕事なんだろうな、と思う。
自分が寝ていた間、織田は車の中でずっと見張りをしていて、十五分仮眠したらまた仕事に戻るのだ。
余程の根性がないと勤まらない仕事なんだろうな、と普段の織田の生活を想像しながら、岬は眠っている織田にそっと毛布をかけてやった。
十五分きっかり眠ると、織田はぱちっと目をあけて起き上がり、毛布をかけてもらったことに気づいて岬に礼を言った。
毛布をかけられたことにも気づかないほど熟睡していたんだろう。
寝付きも寝起きも悪い岬にとっては、得意技とも思えるような仮眠ぶりだ。
「仕事に戻るんだろ? コーヒーもう一杯どうだ」
徹夜明けの織田を気遣って、岬はコーヒーのお代わりを差し出した。
「なんならシャワーも浴びていくか?」
「いや、署にもシャワーぐらいはあるんだ」
急いでコーヒーを飲み干し出かけようとする織田に、掛けてあったジャケットの上着を手渡す。
「岬って案外世話女房タイプなんだな」
「馬鹿言え。お前が疲れてるだろうと思って今日は特別だ」
織田にからかわれて、岬は思わず顔を赤くして言い訳した。
まるで下心を見抜かれてしまったような気がする。
「事件のことが何かわかったら、連絡くれるか?俺のファンのコだし、気になるんだ」
「ああ、わかった。お前も何かあったら必ず連絡するんだぞ」
織田は少しヒゲが目立って徹夜明けの顔ではあったが、疲れなど感じさせない笑顔を岬に向けると、颯爽とした足取りで出かけていった。
「鉄人だな……」
見送った玄関を閉めると、岬は思わずぼそりと呟き、自分はもうひと眠りしようとベッドへころがった。
十年間もまったく接点がなかったのに、突然岬の前へ現われた織田。
冗談とはいえ、キスまでされた男を家に上げて、朝食まで食べさせて送り出すなんて、俺も人が良いよなと岬は一人苦笑してしまった。
織田から連絡があったのは、翌日の夕方だった。
「死体があがった」
電話でいきなりそう告げられて、岬は動揺してしまった。
死体、などという物騒な言葉をこともなげに口にされると、さすがに事件の重大さを感じる。
想像はしていたのだが、最悪の結果となってしまった。
「お前とまた少し話したいんだが、時間は取れるか?」
「今日は用事もないから構わないぜ」
「家に行こうか?」
「いや、俺がそっちまで行こう。新宿にはちょっと用もあるし」
「ちょっと遅くなるかもしれないんだが」
「フィレンチェででも飲んでるから、電話してこいよ」
九時ぐらいになる、と言っていた織田を岬は先に店に行って待っていた。
「呼び出して悪かったな」
「いや、構わない。何か進展はあったのか」
岬は電話で女性の死体が山中に捨てられていたことしか聞いていない。
「死因は絞殺だ。死亡推定時刻は、ライブハウス近くで最後に目撃された晩の夜中だ。死体の状況からどこか別の場所で殺されて、遺体発見現場まで運ばれてきたと思われる」
まるでニュースを読み上げるように、織田は淡々と事件の詳細を説明した。
第一発見者は遺体発見現場の近所で農業を営んでいる老人で、事件と関わりはなさそうだと言う。
「殺人であることが確定したので、容疑者を絞っているんだが、お前にこれを見て欲しいんだ」
織田はポケットから三枚の写真を取り出して、岬の前に並べた。
驚くことに三人とも岬の知っている人間でミュージシャン仲間だ。
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