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第6話 元カレの話

「ガイシャと接触があったと思われるミュージシャンを当たってみたんだ」    3人の内、1人の写真を岬はじっと見つめていた。そこに写っていたのは、1年程前に別れた岬の恋人だった男、山根達也だ。   「この間後を尾けてきた男は、コイツに似ていたような気がしたんだが」    織田は迷わず山根の写真を取り上げた。   「もしそうなら、事件とは関係ない個人的な恨みかもしれない」 「お前、コイツに何か恨みでも買ったのか」 「1年程前にウチのバンドをクビになったヤツなんだ」    一緒に演ろうと誘ったのは岬の方だった。  山根のギターテクニックが欲しくて、岬の方から近づき、山根は喜んで岬のバンドに参加した。  恋人関係になったのは、山根の方が岬に執心だったため、岬も適当に受け入れていたのだが、それほど好きだった訳でもなかった。  悪い言い方をすればセフレに近い。    バンドの人気が絶好調になったころに山根がクビになったのは、山根がクスリをやっているのをマネージャーに見つかったからだ。  山根は気の弱い男で悪い友人の影響も受けやすく、怪しげなクスリにはまっていた。  岬が山根と別れたのもそれが原因だ。    バンドをクビになり、恋人にも振られてしまった山根は岬を恨んで、しばらくの間ストーカーのようにつきまとった。  せめて岬とヨリを戻したいとしつこかったのだ。  しかし、バンドを辞めた山根に岬はもう用はないとばかりに冷たくあしらい、半年ほどたって山根は別のバンドに参加した。  その頃から山根が岬の前に姿を現すことはなくなっていた。   「この3人に、女性を殺すような動機は思い当たるか?」    山根以外の2人はそれ程親しい訳ではないが、1人はよく彼女を連れていたのを知っている。  もう1人もごく普通の大学生だ。    山根は岬と別れた後、ファンの女の子に片っ端から手を出しているという噂を聞いたことがあった。  山根はもともとゲイではないし、女遊びをしていると聞いて、男には興味がなくなったのかと岬は安心していた。    ミュージシャンであるというだけでついてくる尻の軽い女はいくらでもいる。  山根は気の小さい男だったし、女とモメたぐらいで殺したりするようには思えなかった。  山根の彼女だったというのならともかく、被害者にはきちんと交際している相手もいたはずだ。    別れた相手とはいえ、想像だけで山根に不利な証言をする気にもなれなかった。  写真を前に無言になった岬に、織田は言いづらそうに尋ねた。   「お前がストーカーに合ったというのは、この男のことか?」  「ああ、そうだ。辞めてから半年ほどつきまとわれた。でもこの半年は姿を見ていない」    事実だけを岬は告げた。   「つき合っていた訳ではないのか?」    織田は鋭かった。  一瞬岬は迷ったが、身体の関係はあった、とやはり事実を告げた。   「そうか……この間のアレはまずかったな」 「なぜだ。ヤツとはもう何の関係もないし、俺がどこで何をしようと俺の勝手だろう」 「しかしストーカーになるぐらいだから、お前にまだ未練があるのかもしれないだろう。挑発してしまったとしたら、俺のミスだ」    今度は織田が何か考え込んで黙ってしまった。  山根が岬の元カレだと分かって、話しづらいのだろう。   「岬……別れた原因を聞いていいか?」 「それは事件に関係があるのか?」 「お前には悪いがはっきり言わせてもらう。別れたりバンドをクビになったというだけで半年も恨んでつきまとうようなヤツはそれだけで要注意人物だ。もちろんそれだけで容疑者だと言うつもりはないが、山根に関することで知っていることは話してくれ。他言はしない」    織田の言うことはもっともかもしれない。  山根はバンドをクビになったことを根に持っていて、岬のバンドのファンの女を自分のバンドに引っぱろうとしている、と聞いたこともあった。  その中に被害者の女性がいた可能性もあるだろう。    被害者の女性が岬のライブに来るようになったのはここ数ヶ月のことで、山根は辞めた後のことだ。  山根がその女性と接触があったのだとすれば、故意に岬のファンを狙って声をかけたとも考えられる。  そのあたりの事情は正直に織田に話してみた。   「よく話してくれたな。思い出したくない相手だっただろう」 「いや、俺は山根に対して何の感情も抱いてない。山根の気持ちを利用してバンドに引っぱったのは俺だったんだ。つきまとわれたのは自業自得だと思ってる」 「恋人だったんじゃないのか」 「好きでも嫌いでもなかった。男で周囲にばれずにつき合える相手などなかなかいないから、身近で都合が良かっただけなんだ」    重苦しくなってしまった空気を変えるように、織田はマスターに声をかけるとウイスキーのロックを注文した。   「いいのか?仕事中に飲んでて」 「今日はもう仕事は終った。お前と一緒にいるのはプライベートだ」 「仕事じゃなかったのか?」 「お前の話を聞きにきたのは、俺の一存なんだ。このあたりのミュージシャンには詳しいだろうと思ったからな」    織田は勢いよく酒を飲んで、岬に笑顔を向けた。   「酒飲むのも久しぶりだ。ここのところ忙しかったからな」 「だろうな。お前を見てるといったいいつ寝てるのかと思うよ」 「まともにベッドで寝れるのは週に1回か2回だな」    事件の話など忘れたように、機嫌よく織田が飲んでいるので、岬は嬉しかった。  元カレである山根の話を織田にしたことは、岬には気の重いことだったからだ。  織田は酒のせいかいつもより饒舌で、捜査中にあった面白い話などで岬を笑わせ、気遣ってくれているようだった。    織田はいい男になったな、と岬はこっそり見とれてしまう。  高校時代はこんなざっくばらんで気さくな面は見たことがなかった。  カタブツで気難しいと思っていた男は、実は気配りができて優しい男だったのだ。    惜しいよな……  織田はゲイに理解があるとは言ったが、ストレートには違いない。  このまま一緒にいる時間が増えると、どんどん気持ちが傾いていってしまいそうな自分に歯止めをかけておかなければ、と岬は心の中で自分に言い聞かせていた。  

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