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第8話 キス仕返してやった

「なあ……岬」 「なんだよ」    振り返ると岬をじっと見つめている織田の顔が至近距離にある。  ただそれだけで岬の心臓は早鐘を打ち始めた。   「お前、よく見ると可愛い顔してるよな。高校の時は気づかなかった」    明かりが暗くて良かった。  明るければ一目瞭然なぐらい岬は顔が熱くなった。   「長い髪もよく似合ってる」    織田は手をのばして、岬のストレートの髪をさらっとなでた。  なんなんだ、この甘い雰囲気は。  ベッドの上でその気もないのにこんな台詞は反則だろう、と岬は眉間にシワを寄せた。   「俺、男とヤったことあるんだ。一度だけ」    あまりに唐突な織田の告白に岬はとまどった。  織田にそんな経験があることも驚きだが、そんなことを今俺に話してどうするつもりなんだ。  誘ってるのか?   「前に話してた刑事の先輩かよ」 「そうだ」    織田は仰向けになると、天井を見つめて思い出すように話し始めた。  単なる昔話としてなら、と岬は話し相手になる。   「突っ込まれたのか?」 「いや、突っ込まされた方だな」 「よくできたな。勃ったのか?」 「その気はなくても、扱けば勃つだろ」 「なんでそんなことになったんだ」 「大きな事件を抱えている時でストレスがたまってたんだろう。他に相手がいないから頼むと言われて、無理やり乗っかられた」 「抵抗しなかったのか?」 「俺よりはるかに強い先輩だったんだ」    織田は少し顔をしかめてその先輩を思い出しているようだ。  織田にも勝てない相手がいるのか、と岬は笑ってしまった。  織田よりごつい先輩に組み敷かれている様子など想像に耐えない。   「岬も……そんな気持ちになることがあるのか?」 「そんな気持ちってどういうことだ」 「言ってただろう、山根のことを好きでも嫌いでもなかったって。それでも身体の関係を持ちたくなることはあるのか」 「あれは山根がしつこかったんだ。俺はどっちでも良かった。ヤりたい時にたまたまアイツがそばにいたんだ」 「例えば……」    織田はまた岬のほうへ向き直った。   「俺は今たまたまお前のそばにいるだろう」    織田の不用意な言葉に、岬は頭に血がのぼった。  無神経にもほどがある。   「誰でもいい訳じゃない! 山根はあれでも俺のことが好きだったんだ。それがわかっていたから気持ちに応えただけだ」    岬が突然強い口調で怒ったので、織田は驚いたようだ。  岬はおとなしいように見えて案外気が短い、ということを知らなかっただろうから無理もない。  くるりと背中を向けてしまった岬の肩に手をかけて、上半身を起こして覗き込んでくる。   「悪い、怒らせるつもりじゃなかったんだ。こっち向いてくれないか」    なだめるように髪をなでてくる織田に岬はキレた。  俺の気も知らないで、いったい何なんだ、コイツは!    岬はガバっと起き上がると、反対に織田を押し倒した。  突然の反撃に織田はぎょっとして岬を見上げている。   「お前、俺とヤりたいのかよ」 「いや……そういうつもりでは」    こんなところにまで連れ込んで、お前が悪い。  誘ったのは俺じゃない。  この間のキスもそうだ。    仕返しをしてやる。  岬はゆっくりと織田に顔を近づけ、唇を合わせた。  織田は逃げもせず、黙ってそれを受け入れている。    唾液で織田の唇を濡らし、唇の形をなぞるように舌でつーっとたどる。  じらすように唇を触れ合わせながら、舌をじわじわ絡ませていく。    俺の最高級のキスをお前にやる。  お前が好きだからそれだけはやる。    だけど興味本位のヤツに簡単に抱かれてやる気などない。  織田が耐え切れずに自分から舌を絡ませてきたところで、岬は唇を離した。  そのまま唇の触れそうな距離で織田を睨みつける。   「俺は気持ちのはいってないヤツとはヤらない。お前は山根以下だ」 「岬……」 「続きがやりたけりゃ、俺に惚れてみろ」    言いたいことを言ってすっきりした、とばかりに岬は織田に背を向けると、狸寝入りを決め込んだ。  織田はそれ以上岬に話しかけてはこなかった。    どうせ叶うはずのない思いだ。  キスができただけでも上等じゃないか。  はずみで織田になど抱かれてしまえば、自分が傷つくのは目に見えている。    玉砕するなら早いほうがいいんだ。  どうせ織田とは事件が解決するまでのつき合いだ。  寝つきの良いはずの織田が何度も寝返りを打っているのを背後に感じながらも、岬は意地でも織田の方は向かずに、身じろぎもせず眠りについた。  

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