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第10話 襲撃

 いつもより少々飲みすぎて、店を出る頃には深夜の2時を回っていた。  岬はいつものことだが、織田もかなり飲んでいた。    店を出る時に一瞬緊張した空気になった。  山根に尾けられたのは二度ともこの店を出た後だったからだ。  しかし先日山根を見かけたあたりに、今日はその姿はなかった。    織田も周囲を警戒していたようだが、今日は大丈夫だったかと、歩きかけたその時。  突然背後から突進してくる足音が聞こえた。   「岬っ!危ないっ!」    岬が振り返るより早く、織田が岬を突き飛ばした。  勢いよく転んでしまった岬が身体を起こして振り返った時には、織田が手首から血を流していた。    織田が睨み合っているナイフを持った相手は、他でもない山根だった。   「織田っ」 「来るな。俺一人で十分だ」    織田は利き腕をケガしていることなどまったく気に留めていないようだ。    勝負は一瞬だった。  斬りかかった山根の腕をねじ上げ、織田は腹への一撃で山根を失神させた。  繁華街の一角で起きた乱闘劇にみるみる人だかりが出来た。   「お前、ケガ……」 「ああ、こんなのかすり傷だ」    織田にとってはかすり傷なのかもしれないが、かなりの血が流れていて岬は動揺した。  こんなにあっさりと勝負がつくぐらいだから、岬をかばっていなければ織田はケガなどしなかったはずだ。  ハンカチを持っていたことを思い出し、それで止血するようにあわてて織田に手渡す。    織田は慣れた手つきで傷口をしばると、携帯でどこかへ連絡をした。  非番だから他の警察官を呼ぶのだろう。   「山根は馬鹿だ……すすんで犯罪者になる必要などないだろうに」    倒れている山根に視線を落として、岬は呟いた。  山根が自分を刺そうとするほど恨んでいたことにショックを受けていた。   「岬……お前には黙っていたが、山根には別の容疑もかかっているんだ。どのみち近いうちに連行されていた」 「何の容疑だ」 「覚醒剤取締法違反だ」    ああ、山根はそこまで堕ちてしまっていたのか。  クスリをやっているのは知っていたが、覚醒剤にまで手を出していたのなら、もう救いようがない。    織田がかがんで山根の袖をまくると、注射跡が見つかり、岬は耐えられなくて目をそむけた。  頬は痩せこけていて、見る影もない。  一年前までは仲間で恋人でもあった男のあまりにも憐れな末路だった。    すぐにパトカーが数台到着し、山根とは別の車に織田と岬は乗せられた。   「事情聴取があるが、岬……大丈夫か?」    織田は顔色が青ざめている岬の肩を抱き、岬はその肩に身体を預けた。  今だけは気丈な織田がそばにいてくれることが有難かった。  事情聴取と言っても、現場に織田がいたので岬はほとんど何も聞かれなかった。  山根との関係は聞かれたが、元バンドメンバーであること以外は話さなくても良いと織田は言った。  現行犯逮捕だったのだし、襲った理由は山根が自分で吐くだろう。    事情聴取が終ると織田はしばらく待っていてくれと言って、岬を部屋に残しどこかへ行ってしまった。  当直の警官が気を使って、岬にコーヒーを出してくれる。  1時間程して戻ってきた織田の手首には包帯が巻かれていて、岬は織田がケガをしていたことをやっと思い出した。   「ケガ……大丈夫なのか?」 「ああ、大げさに巻かれただけだ」 「悪かったな、俺のせいで」 「岬のせいじゃない。岬が責任を感じる必要は何もないんだ」    織田は岬の肩に手を置くと、まっすぐに岬の目を見つめた。   「山根はあっさり吐いたそうだ。殺人及び傷害にヤクだ。実刑は免れない。山根自身の罪で、お前には何の関係もない」 「殺人もか……」 「いずれ捕まると覚悟していたようだ。捕まる前にお前に復讐したかったと供述しているようだが、山根が狙ったのはお前じゃなかったと俺は思う」 「織田を……狙ったのか?」 「お前を突き飛ばした時、山根はお前を見ていなかった。その後はっきりと俺に向かってきたんだ。俺が刑事だとは思っていなかったようだな。やはりお前に未練があって、俺のことが憎かったんじゃないか」 「俺は山根にそんなにも恨まれていたんだろうか……」 「山根にとってはたまたま悪い方へ転がったんだろう。お前のファンの女を引っ掛けてホテルへ連れ込んだところが、覚醒剤をやっているところを目撃され殺してしまった。そんなところへお前が楽しそうに新しい男を連れているのを見つけて、逆恨みしたんだろう。覚醒剤を常用している時点で、山根はもう普通の神経じゃないんだ。お前が気に病むことなんか何もない。ヤク中患者は閉じ込めて置いたほうが救われるんだぞ」 「そうだな……そうかもしれない」 「忘れろ、岬。もう終ったんだ」  その日は警察の車で岬は家まで送り届けられた。  一人になりたくなかったが、織田はまだ署に用があると言って玄関まで見送ってくれた。   「悪いが後日もう一度お前に署に来てもらうことがあるかもしれない。2、3点山根の供述を確認してもらうことになるだろう」 「ああ、わかった。その時は連絡してくれ」 「大丈夫か?不安になったりしたら、すぐに俺に電話してくるんだぞ。事件のショックが後を引くこともあるから心配だ」 「お前に電話したら、余計にロクでもないことに巻き込まれそうだ」 「冗談言うぐらいの元気があれば大丈夫そうだな」    織田は笑って岬を車に乗せると、見えなくなるまで見送った。  すでに明け方近くなっていて、岬はヘトヘトに疲弊していた。  車の中で眠りかけながら、織田は今日も眠らないのだろうか、とふと思った。  

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