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第11話 最後の仕事
織田から連絡が入って岬が再び警察に出向いたのは、3日後のことだった。
山根の人間関係や被害者との関係について簡単な質問をいくつかされたが、岬の知っていることと山根の供述には相違がなく、すぐに事情聴取は終った。
岬が襲われた件は織田がうまく処理してくれたのか、何も聞かれなかった。
受付で待っていてくれと織田に言われていたので待っていると、すぐに織田が顔を出した。
「待たせたな。調度良い時間だし、飯でもどうだ?」
「お前、仕事はいいのか?」
「ああ。ひとヤマ終った時ぐらい俺だってゆっくりしたいさ」
近所の居酒屋にでも行こうという話になって、岬は織田と連れ立って署を後にした。
思えば事件が起きてから、ずっと織田と一緒にいたような気がする。
つい数週間前まで名前も忘れかけていたような同級生と、ずい分と密度の濃い時間を過ごしたせいか、すっかり気心の知れた間柄になっている。
いろいろあったが、織田とはこれからも良い友人でいたいと岬は思っていた。
居酒屋で軽く飲みながら食事をした後、織田はいつものように岬を送っていくと言い出した。
「いいよ、わざわざ送ってもらわなくても。もう事件は解決したんだから、お前はお役御免だろ」
「まあ、そう言うな。もう襲われる心配はないと思うが、これも最後の仕事だ」
当然のように肩を並べて歩き出す織田に、岬は逆らう気持ちなどなかった。
これが最後だと言われると、もう少し一緒にいたいと思っている自分がいるのだ。
事件のことを話しながら歩く織田の隣で相槌を打ちながら、岬は心の中でずっと別のことを考えていた。
事件という接点がなくなった以上、また会おうと誘う理由が何かないものか。
またライブに来てくれ、とでも言うのが自然なんだろうが、織田は忙しいだろうしそれほど音楽好きだとも思えない。
社交辞令だと受け取られてしまうのがオチだろう。
織田がいつ仕事をしていて、いつ寝ているのかもわからないので、飲みに誘うのも難しそうだ。
結局誘う口実が見つからずに家が近づくにつれて、岬は無口になってしまった。
理由などなくてもまた会いたいのだ、とは言えそうな空気じゃない。
「どうした、疲れたか」
「いや、悪かったな、こんなところまで送らせて」
「こっちこそお前にはいろいろ迷惑かけた。また、そのうち飲みにでも行こう」
「そうだな……」
織田のほうから飲みにでも、と言ってもらえたので、岬は今日のところはもういいか、と思った。
たとえそれが社交辞令だったとしても、岬がそれを理由に飲みに誘えば織田は断わらないだろう。
チャンスはまたあるさ、と自分に言い聞かせる。
じゃあな、と踵を返そうとした岬の後ろから、織田が突然ぐい、と腕をつかんだ。
「なんだ、まだなにか用が……」
言いかけた岬の唇を、織田がふさいだ。
一瞬何が起きたのか理解できずに、押し返そうとした岬の腕をつかみ、有無を言わさずきつく抱きしめて唇を合わせてくる。
あの時と同じだな……
織田のやることはいつも唐突だ。
それにももう慣れてきた。
岬はあっさりと観念してほどいた腕を織田の背中に回し、お前が仕掛けたんだぞと言わんばかりに、キスに応え始める。
理由はともあれ、織田がその気なら望むところだ。
やられてやられっぱなしになってやるものか、と舌を絡ませ、織田を煽ってやった。
貪るようなキスの応酬がひとしきりおさまると、織田は少しバツの悪そうな顔をして俯いた。
それでも抱きしめている腕は離すつもりはなさそうだ。
「岬……」
「なんの真似だよ」
「お前、言ったよな……続きをやりたければ、惚れてみろって」
「ああ、言ったな」
「やらせてくれないか、続き……お前を抱きたい」
織田らしいストレートな告白だな、と思った。
ゲイでもない織田がそこまで言うのには、勇気がいっただろうと思う。
帰り道、やたらと事件について熱弁をふるっていた織田が、頭の中ではそんなことを考えていたのかと思うと、思わず口元が緩みそうになった。
調度都合良く織田の仕事が終ったのも、ひょっとすると計算の上だったのかもしれない。
返事はどうなんだ、と見つめてくる織田に背を向けて、岬はマンションの玄関へと歩き出す。
気持ちは決まっていた。
「やりたきゃ、一緒に来いよ」
「いいのか……?」
織田はあわてて追いかけてくる。
「お前にはケガまでさせてしまったしな。俺のカラダぐらい欲しけりゃやるよ」
「いや、俺はそんなつもりじゃ……」
なら、どんなつもりなんだ、と岬は聞き返さなかった。
織田となら、一晩ぐらい抱き合って過ごしたっていい。
このままもやもやとした気持ちを抱いたまま別れてしまうぐらいなら、やってしまったほうがすっきりするだろう。
織田の気持ちが単なる好奇心や気まぐれであったとしても、別に構わない、と思った。
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