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第15話 ラブソング

 一週間、織田からの連絡はなかった。    用もないのに電話をしてくる男ではないと思っていたが、ヤった後に連絡がないとつい不安を感じてしまう。  1回ヤったら満足して興味を失ったのではないか、などと後ろ向きな想像をしてしまったりする。  何度か岬の方から電話をしてみようかとも思ったのだが、張り込み中に『今何してる?』と電話するような、間抜けな状況になってしまうのを考えると出来なかった。    織田に抱かれてから3日間ほど岬は声が擦れて出なかった。理由は言うまでもない。  会う人会う人に風邪をひいたのか?と言われるほどだったので、ライブ前3日間は織田に会うのは禁止だ。    いや、会うのは構わないがセックスは禁止だ。  ステージで声が出ないというのはさすがにまずい。  岬はライブが3日後に控えた日からは、織田に会うことは考えないようにしていた。    ライブが始まる直前、岬はステージの裾から織田の姿を探していた。  いつの間にかそうするのがクセになってしまっていたことに気づく。  織田の姿はなかった。  どこか寂しい気分になったが、そうそうライブに来れるほど織田がヒマじゃないのもわかっていた。   「岬、今日の曲目、なんだよ」    バンドメンバーがからかうように岬に言ったのは、岬が恋の曲ばかり並べたからだ。  歌う曲目は岬がその日の気分で選ぶ。  今日はそんな気分なのだから仕方がない。  切ない時には切ない曲を歌う。  そういう面では岬は自分の気持ちに正直だった。  2回目のステージの最中に、岬は飛び込んできた客に目を奪われた。  織田だ……  仕事が終って急いで駆けつけたのか、スーツ姿の織田はいつもの壁際に立つと、まっすぐに岬のほうを見た。    岬は歌いながら、織田のことだけを想っていた。  自然と歌に熱がこもる。  捜査では織田のかっこいい姿をさんざん見てきたけれど、俺のいいトコロも少しは見て欲しい。  織田の目を釘付けにしておきたいんだ。    最後の曲を終えて岬はアンコールの曲を変更した。  最近作った新曲で、織田と出会ってから書いたものだ。   「曲目、変更したいんだ」 「新曲か?無理だろ、急に」 「頼む、ギター1本でなんとかしてくれ」    メンバーに頼み込むと、ギタリストと二人でステージに戻った。  初めて披露する切ないバラードに会場は静まりかえる。    織田に届けばいいんだ。俺の気持ち。  ちゃんと受け取れよ、お前のために歌ってるんだからな。    もっと俺を見てくれよ。  その目には俺だけを映してくれ。  ステージを私物化したアンコール曲で、岬は織田への気持ちを熱唱した。  ステージを降りると岬はすぐに織田の姿を探したが、店内に見当たらない。  あわてて入り口を飛び出すと、帰りかけている織田の後姿を見つけた。   「待てよ、帰るのか?」    周囲にファンがいるのも忘れて、織田を追いかけ、腕を掴む。  織田は振り返るとクスっと笑って、岬の耳元に唇を寄せた。   「フィレンチェで待ってる」    なんだよ……それならそうと言ってから帰ればいいじゃないか。  思わず焦ってステージ衣装のまま織田を追いかけてきてしまった。  なんでこういつも織田には振り回されてしまうのか。  楽屋に戻るとメンバーがニヤニヤしてる。   「アレか、岬の新しいオ・ト・コ」 「見てたのか……」 「そりゃ、あれだけすごい勢いで追いかけて行ったら見るだろ、普通」 「今日の選曲もアレのためってワケね」 「新曲までプレゼントしたってワケだ」 「うるさい、放っといてくれ」    メンバーの好奇心いっぱいの視線を無視して、岬はあわてて着替えて荷物をまとめる。   「リーダー、ずい分お急ぎのようだね。そんなにいいオトコなんだ」 「ああ、我を忘れるほどいいオトコだよ! そんなワケでお先に!」    メンバーの冷やかしに捨て台詞を残して、岬は楽屋を飛び出した。 「今日は早かったな」 「お前が何時までいるかわからないから、急いだんだろ」 「明日は非番だ。今日はゆっくりできる」    そうだったのか、とホッとしたのもつかの間、また携帯の番号が書かれたコースターが織田の前に置かれているのが目についた。   「お前、また誰かに口説かれたのか?」 「ああ、どうやらここでは俺もモテるようだな」    織田は涼しい顔をしている。  ここに限らず、織田ぐらいの容姿ならどこへ行ってもモテるだろう、と岬は言いたい。   「ちゃんと断わったんだろうな」 「俺には決まった相手がいるからな」 「よし、模範解答」    まったく油断も隙もあったもんじゃない。  フィレンチェで待ち合わせるのも良し悪しだ。    今まで織田はゲイではないからと心配などしていなかったが、岬に惚れたんだったら他の男に興味をもつ可能性だってあるはずだと、岬は本気で思い始めている。  岬のそんな心配などよそに、織田はすっかりこの店に馴染んだようで、マスターとも談笑している。

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