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第21話 【番外編SS3】 ある風邪の日に
「どうしたんだ……その声」
「風邪だよ……バンドメンバーからうつされたらしい」
電話の向こうで岬が咳き込んでいる。
「大丈夫か?インフルエンザじゃないのか」
「いや、ただの風邪だと思う。熱もそれほどじゃないし」
「美声が台無しだな。掠れた声も色っぽいが」
「まいったよ、ライブが控えてるってのに」
「見舞いに行ってやるよ、待ってろ」
「見舞いって……仕事中だろ? 今」
「もうちょっとしたら昼飯に出ようと思ってたんだ。あまり時間はないが、なんか買って来て欲しいものはあるか?」
「ポカリスエットとみかんの缶詰」
「了解。すぐ行く」
風邪を引いたからといって見舞いに来てくれる人など、今までいなかった。
せいぜいバンドメンバーかマネージャーが差し入れに来てくれるぐらいのものだ。
岬は人に頼るのは嫌いだった。
頼るクセをつけてしまうと、1人になった時に困る。
両親が離婚して、一緒に暮らしていた母が再婚して、それ以来岬はずっと一人で生きてきた。
たとえ肉親であっても人には頼らない、というのは岬にとって生きていく上での知恵であり、ポリシーでもあった。
「大丈夫か?ノド通りそうなもん買ってきたぞ」
現れた織田は手にいっぱい荷物を提げていて、のどごしの良さそうな食料や飲み物を買い込んできてくれていた。
「サンキュー。助かったよ」
「鬼のカクランだな」
織田は笑いながら岬が寝ているベッドの横にどかっと座り込むと、額に手をあてた。
「熱いな……熱、計ったのか?」
「7度8分」
「微妙だな。インフルエンザの可能性もあるぞ。医者行くか?」
「俺、ノドが弱いからすぐ熱が出るんだよ。慣れてるから大丈夫。薬もあるし。」
「そうか。でもヤバかったら自分で医者行けよ? 俺はついててやれないからさ」
「わかってる。風邪ぐらいで死んだりしないさ」
強がりを口にしているが、岬は明らかに弱っている感じだ。
「おかゆ、あっためてやるから食えよ。どうせ何も食ってないんだろ」
「いいよ、そんなことぐらい後で自分でやる」
「遠慮するな、電子レンジで温めるぐらい俺にでもできる」
立ち上がりかけた織田の腕を、岬が力無くつかんで引きとめる。
「お前……すぐ帰るんだろう? ここに居てくれよ……」
食事をとるぐらい一人でもできる。
織田との貴重な時間をそんなことに費やしたくなかった。
「ほんとにちゃんと後で食うんだな?」
立ち上がりかけた織田はベッドの端に腰を下ろし、岬の頭をなでた。
「ああ、さっきプリン食ったから、今はいい」
「そうか、なら俺は昼寝でもさせてもらうかな」
織田は上着を脱ぎ捨てると、岬の隣に横になり、包み込むように岬に腕枕をした。
「今日はできないぞ」
「当たり前だ。病人襲うほど鬼畜じゃねぇぞ」
「どうだか」
岬のノドが辛そうなので、それ以上話しかけずに織田は黙って岬を抱きながら、髪をなでてやる。
実際二人はいつも会えば抱き合って、くたくたになって寝る、というのが常だった。
セックスをせずに、2人で静かな時間を過ごしたことなどない。
「こういうのもいいもんだな……」
風邪の岬には申し訳ないが、静かな時間はまるで春のひだまりのように織田には心地よかった。
腕の中に岬がいる。ただそれだけで。
岬と織田の関係を知る者はいない。
仕事のストレスや都会の喧噪を忘れて、二人だけの世界にいられる時間が、織田にとってはかけがえのないオアシスのように感じられた。
織田は腕の中にいる岬も、きっと同じように感じてくれているだろうと思っていた。
「康介……」
「こら、キスはダメだって。うつるから」
顔を近づけてきた織田の口を手でふさいで、阻止する。
「風邪ぐらいうつったっていいさ」
「ダメだよ。俺よりハードな仕事してるんだから」
織田が風邪をひいて寝込んでも、岬は見舞いに行くことができない。
それに織田が風邪をひいてしまったら、会いに来てももらえないではないか。
「まだ……時間いいのか?」
「あと10分、ここにいる」
織田はちらりと腕時計に目をやり、岬をしっかりと抱え直す。
「だったら……頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「コレ、なんとかしてくれよ……手でいいから」
織田はクスリと笑って、パジャマの下で固くなっている岬のモノを手で確かめた。
「なんで勃ってるんだよ」
「わかんねぇ……熱のせいかな。出したい……」
「唇以外ならキスしていいんだな?」
織田は岬のパジャマのボタンを2つほどはずして、胸にキスを落とす。
「ん……あ……」
「こら、声我慢しろ。ノドやられるぞ」
「んんんっ……気持ち……いい……お前も出す?」
「いや、俺はいい。病人に奉仕してやるよ」
手で扱きながら胸にキスをしていると、岬は身体を震わせて、かすかに喘ぎ声を上げる。
「修司……修司っ……そこっ……」
熱に浮かされるように、織田の名前を呼びながら感じている岬を可愛いと思った。
「出していいからな」
そう前置きして、織田は岬のモノを口にした。
強くしゃぶりながら、手の動きを強めてやると、岬は跳ねるようにのけぞった。
「あっダメだ……出るっ……手でいいから……」
「気にすんな。出せよ」
「う……もう出る……ああっ……」
びくびくと身体を震わせて放出されたものを、織田はきれいに飲み込んで、それでもまだ優しく岬のモノに舌を這わせていた。
余韻でしびれるような快感に岬は包まれている。
「もういいよ……ありがと」
「どういたしまして。スッキリしたか? これでよく寝れるだろ」
「うん……もう時間だろ……行けよ」
織田は再び腕時計に目をやり、何か考えているようだ。
「今日は……遅くなっても戻ってくるから、それまで大人しく寝てろ」
「本当に?無理、しなくていいんだぞ。俺、こんなの慣れてるから」
「分かってる。俺も同じだ。慣れてる。だけど一緒にいようぜ、こんな時ぐらい」
岬は一瞬固まったように目を見開き、それから織田の方に向き直った。
「修司……ごめん……俺……」
上着を着ようとしていた織田の腕に突然岬がすがる。
「セックスもせずに一緒にいるのが不安だったんだ……なぜだかわからないけど……だからあんなこと頼んで……」
「康介」
織田の強い声に、岬はビクリと身体を震わせる。
「ヤってばかりだったから信用できないかもしれないが、俺はお前の身体が好きなわけじゃないぞ。お前は、ただいてくれるだけでいいんだ。心配するな」
「ただ……いるだけで……?」
「そうだ。風邪ひいてるお前は素直でなかなか可愛いぞ。これからちょくちょく風邪ひけよ」
「馬鹿、そんなワケにいくかよ」
岬は照れているのか、不安定な視線をさまよわせて、うつむいてしまった。
「仕事、片づけてくるから。ゆっくり休め」
織田は岬のマンションを出ると、食事もとらずに大急ぎで仕事を片づけるために走り回った。
それでもやっと岬のところへ戻ってこれた時には、日付が変わろうとしていた。
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