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第23話 【番外編SS4】 演技

「何読んでんだ?」 「ん……? 台本」  織田が来たのも気付かないというような熱心さで、岬は手にした本を読みふけっていた。 「台本? お前、ドラマにでも出るのか?」 「いや、舞台だけど」 「へえ……お前、役者もやるんだ」 「たまにね」  岬はタレント志望だったので、養成所時代は演技も勉強していた。  その養成所時代の友人に誘われて、小規模な劇団のゲストとして出演する約束をしたのだ。  役者の仕事は久しぶりなので、気合いを入れて台本に目を通しているところだった。 「それは楽しみだな。どんな役なんだ?」 「うーん、気弱でノイローゼ気味の青年」 「そりゃあまた、随分普段のお前のイメージと違う役柄だな」 「その方が面白いよ。違う自分になれるんだからさ」 「役者ってのは器用なもんだな。急に性格変えたりなんかできるもんなのか?」 「そうだなあ、役にはいりこんでる時は日常生活もその役になりきってみたりすることはあるなあ」 「おい、やめてくれよ、お前が突然気弱でノイローゼの青年になったら俺は困る」  織田が笑いながら台本をのぞきこんでくる。 「そうか? たまには浮気してる気分になれていいんじゃねえの?」 「なるほど。たまに別人になってくれると、マンネリ防止にはなるかもなあ」  岬は冗談で言っているのに、織田は真剣に考えているようだ。 「ま、舞台稽古が始まったら、練習ぐらいつき合ってくれよ」 「俺が?」 「相手役の台詞読んでくれるだけでいいからさ」 「お、俺は演技力ないぞ」 「そんなの期待してねぇよ。棒読みでいいからさ。なあ、ここ、ちょっと読んでみてくれよ。どうもつかめなくてさ」 「俺が相手じゃ練習にならないと思うけどなあ」  しぶしぶという顔で織田は台本を受け取ると、相手役のセリフを確認する。  織田の役は岬の上司で、岬は国の重大な秘密を知ってしまった研究所の研究員ということらしい。 「じゃあ……読むぞ」  織田がちょっと照れたような顔で台詞を読み上げる。 『秘密を知ってしまった以上は、お前はもう私たちの仲間だ。逃げることは許されないぞ』  あまりの棒読みに岬はクスっと笑ってしまいそうになり、あわてて笑いをひっこめる。  確かに織田は役者には向いてなさそうだ。  岬の表情が変わる。暗く怯えたような目で、あとずさりをする。 『ぼ……僕は……何も知らない、何も見ていない……本当だ』  織田は声も顔も一瞬で変わってしまった岬に驚きながら、次の台詞を読む。 『知らなかったとしても、もう後戻りはできないんだよ、君はね』 『い、嫌だ、僕は……僕にはそんなことはできない』  激しく頭を振りながら岬は壁に背をつき、腰を抜かしてしまう。 「……っていうシーンなんだけどさあ。なんか違う気がするんだよなあ」  台本を見て考え込んでいる岬を織田は呆気にとられて見ていた。  初めて目の前で役者というものを見たが、すごいもんだと感心する。 「いや、お前、いい役者になれると思うぞ。正直驚いた」 「そうかなあ。ま、演技は嫌いじゃないし、仕事も選んでられないしさ」  岬は台本を見ながらしばらく何か考えこんでいたが、ふと思い出したようにぱたんと台本を閉じた。 「悪い。別に今練習する必要なんかなかった。気になることがあるとつい」 「いいさ、お前、仕事には真面目だからな」  岬がプライドを持って仕事をしているのを織田はよく理解しているつもりだった。  タレントという保証のない仕事で収入を得ている岬を尊敬している部分もあるのだ。 「なあ、康介。そんなに自由自在に演技できるんだったら、ちょっと俺のリクエストもやってみてくれよ」 「リクエスト?」 「違う自分になるのは面白いってさっき言っただろ」 「そりゃ言ったけど……なんだよ。浮気したいのか?」 「だって見てみたいじゃないか。違うお前になったところ。演技の練習にもなるんだろ?」 「それはそうだけど……どんな役だよ」 「普段のお前はさ、どっちかっていうとクールで反抗的でさ、自分の気持ちを表に出さないタイプだろ? だから逆をやってくれよ」 「逆って?」 「情熱的で素直で一途な恋人、かな」  岬は思わず絶句する。  織田を相手にそれをやれと言うのか。 「お前はそういうのが好みなのかよ」 「い、いやあ~そういうワケでもないんだけどさ。や、ちょっとお前のそういうの、見てみたいかなあ~と思って……」  そんなことできるか!と反論しそうになって、ちょっと待てよ、と岬は考える。  織田の好みがそういうタイプなら、俺は正反対じゃないか。  もしそういうタイプが現れたら、織田は浮気する可能性もあるってことだ。 「演技でならどんな役でもやれるんだろ? お前の演技力、披露してくれよ」  織田が真顔で懇願してくるので、岬はまあのせられてやってもいいか、と思った。  そういうことなら、演技力で織田を挑発してやるのも面白いかもしれない。 「情熱的で素直で一途な恋人……か」 「ダメか?」 「ま、いいぜ。ずっとは無理だけど、今日だけだぞ」 「本当か? よし、さっそくやってくれ。楽しみだ」  織田は明日は非番だ。  岬もそれに合わせてスケジュールを調整してある。  明日まで演技し続けるのは大変だが、これも織田の浮気防止のためだ、と岬は納得する。

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