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第26話 【刑事は参考人にキスをした2】 合同捜査
「くそっ、一人取り逃がしたか……」
「待て、織田! 深追いするな。ヤツは銃を持ってる」
「しかし……」
「まずはこいつを連れて帰って吐かせよう」
男を地面に組み敷いて後ろ手にねじり上げているのはマル暴の刑事、月島左京。
階級は警視で織田にとっては先輩であり、キャリアでありながら武術の達人だ。
警視庁の中でも月島に素手で勝てる者はいないだろうと言われている。
月島は織田が新宿署に配属になった時に、直属の上司だった。
久しぶりに合同捜査で顔を合わせて、ここ一週間ぐらいは行動を共にしていた。
月島は強者ではあるが、外見はスリムで理知的な顔立ちをしていて、いかにもキャリアという風情である。
その外見に騙されてナメてかかると、今組み敷かれている男のような目に合うのだ。
マル暴とは警視庁の組織犯罪ばかりを相手にする部署であるが、たまたま新宿署の管轄で事件があり合同捜査中だった。
八代組という暴力団の下っ端組員が拳銃の横流しをしていたのだが、組にバレて逃亡していたところを取り押さえて、一人逃げられた。
しかし一人で逃げ回っていても時間の問題だろう、と月島は考えていた。
警察が捕まえることができなければ、血眼で探している八代組が見つけ出すだけだ。
その場合は翌日にでも東京湾に浮かぶだろう。
「織田っぼーっとしてないで手伝えっ」
「あっはい、すみません」
逃げた犯人の行方に気をとられていた織田は、後ろ手にねじり上げられて悲鳴を上げているチンピラに手錠をかけた。
署に戻って織田は予備のスーツに着替えた。
乱闘になったので服は泥まみれである。
あれだけ格闘していた月島の外国製の高級なスーツがまったく汚れていないというのに情けない。
織田は明日は非番だ。
今日は早く仕事を終えて岬のところへ行きたかったのに、さっきの騒動でまた遅くなってしまった。
「織田は上がりか?」
「はいっ、月島さんも少しは寝て下さいよ」
「非番ならたまには道場に顔出せよ。腕がなまるぞ」
「了解っ」
昨夜は二人で張り込みをしていたので、徹夜だった。
一刻も早くシャワーを浴びて横になりたい。
織田は挨拶もそこそこに急いで署を出た。
岬を抱いて眠りたい。
それだけが織田の唯一の癒しなのだ。
深夜なので岬を起こさないようにそっと鍵を開けて中へ入る。
岬はいつも来る前に電話ぐらいしろと怒るのだが、今日みたいな状況では電話などしている暇もない。
食事すら車の中でパンをかじる程度なのだ。
起こさないつもりだったが、シャワーから出ると明かりがついていて、椅子の上に引っかけておいた上着はきちんとハンガーにかけられている。
岬はキッチンにいた。
「お帰り」
「ああ、悪いな、こんな時間に起こして」
お帰り、といつの間にか岬は言うようになった。
ここは岬の家なのに。
「飯、食ってないんだろ? こんな時間ってことは」
「ああ……いつも悪い」
こんなに遅くなる日は、たいてい食事をする暇もないということを岬は察している。
冷凍してあったお握りや残り物を温めて、適当に織田に出してやる。
織田は飛びつくようにお握りを口にした。
「何か事件を抱えているのか?」
「まあな……でももう先は見えてきた」
「そうか、それならいいんだけど」
恋人と言えども織田が事件の内容を話すことはない。
岬が聞いているのは、ただ抱えている事件で忙しいのかどうか、という質問だ。
織田はすでに十日ほど休んでいなかったから、ややこしい事件を抱えているのかと岬は心配していた。
織田の左腕にまだ新しいかすり傷があり、血がにじんでいる。
ついさっきまで、織田が危ない場所にいたのではないかと、岬の心は暗くなる。
「ケガ……してるぞ」
「ん?ああ、ほんとだ。さっき転んだからな」
織田はその程度のケガなどは気にしていないように笑った。
岬は黙って救急箱を取りに行き、右手でお握りを食べている織田の左手に手当をしてやる。
理由もなく織田が転ぶはずがない。
乱闘していた、という証拠じゃないか、と岬は思う。
岬は立ち上がると、まだ食事をしている織田を後ろから抱きしめた。
「危ないことはしないで欲しいのに」
「大丈夫だ。心配するな。俺1人で捜査しているわけじゃないんだから」
織田はケガをして帰ると岬が不安になる理由をよく分かっている。
以前に岬をかばって目の前でケガをした時のことを、岬は引きずっているのだ。
岬も織田が刑事という職業柄荒っぽいことをやっているのは、感覚的には分かっているのだが、目の前でケガを見るとどうしても不安になってしまう。
「明日は早いの?」
「いや、久しぶりの休みだ」
「そう、よかった」
岬は心から笑顔になった。
休みなら明日の夕方まで一緒にいられる。
夕方からは岬はライブなのだが、織田は見に来てくれるかもしれない。
「ちょっと午前中だけ用事があるんだが、康介はゆっくり寝てていいからな。すぐ戻ってくるし」
「用事?」
「ああ、ちょっと道場にな、顔出さないといけなくて」
岬は朝が苦手で午前中は寝ていることも多いから、その間に少しだけ柔道の道場に顔を出すつもりだ。
岬とつき合う前は休みのたびに顔を出していたのが、最近ご無沙汰になっている。
明日はたまたま土曜日だから、朝から練習している者も多いだろう。
帰り際に月島に言われていたので、義理程度に顔を出してすぐに戻ってくるつもりだ。
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