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第28話 道場にて
翌朝織田が道場に顔を出すと、午前中だというのに道場は盛況だった。
警察官の多い道場だが土日は一般の人や学生も参加している。
織田のように黒帯を締めている者は、自分の稽古というよりも白帯の初心者の指導をしてやることが多い。
すでにあちこちで始まっている乱取りに加わろうと相手を探していると、師範と話していた月島に声をかけられた。
「来たのか、織田。どうだ、俺とやるか」
「いや、遠慮しときます。朝っぱらから投げ飛ばされたくないですから」
織田はそそくさと月島から逃げて、顔見知りの警察官に声をかける。
このあと岬とデートをする体力を温存しておきたいので、本気で相手をしなければならない月島なんかにつかまりたくない。
「お手柔らかに」
「こっちこそ」
相手は交番勤務の若い警察官で、織田よりは格下だ。
それでも一応黒帯を締めているので手は抜かないつもりだった。
組んだ途端に相手からシャンプーの香りがした。
岬と同じニオイだな……
余計なことを考えた一瞬の間に、襟を取られて投げられてしまった。
「織田さん、手抜かないで下さいよ」
「ああ……いや、手を抜いたわけじゃないんだがな。最近ちょっと不調なんだ」
「働き過ぎなんじゃないですか?」
相手も本気というわけではないようで、笑いながら組んでいるのだが、どうも織田は分が悪い。
簡単に2本目も取られてしまった。
「織田っ! 何遊んでんだ! こっちに来い。俺が鍛え直してやる」
月島の声が飛んできた。
まずい。これは逃げられない。
しぶしぶ月島に一礼をして構えると、あっという間に襟を取られて懐に潜り込まれてしまう。
織田の決め技は背負いなのだが、先に潜り込まれるとやりづらい。
「足下がお留守だぞっ」
やっとのことで襟を取り返したと思えば、カミソリのようなキレの内股が飛んでくる。
織田より小柄な月島には、スピードでは勝てないのだ。
無理矢理力づくで背負いにいこうと襟をつかんだら、はだけた月島の襟元に派手なキスマークがちらばっている。
一瞬動揺した織田は気がついたら簡単に床に転がされていた。
普通ならそこで一本なのだが、実践派の月島は容赦なく転がっている織田に寝技をかけてくる。
月島はもともと学生時代はアマレスのチャンピオンだ。
絞め技から逃げる手段などない。
寝技をかけられながら月島のコロンの香りで織田は完全に戦意喪失した。
力なく床を叩いてギブアップする。
道場にコロンをつけてくるなど、反則技だ。
「まったく、情けないやつだな」
「いっぺんに2本も取ることないでしょうに」
「相手が犯人なら今頃お前は天国行きだぞ」
襟元を直している月島から目をそらしながら、織田は嫌みを言う。
「ずい分情熱的な恋人ができたようですね」
「ああ、これか」
月島は動じるでもなく、ニヤリと笑いを浮かべてキスマークを見せびらかす。
「丸見えですよ」
「ふん、お前もな」
「えっ俺っ?」
織田は慌てて乱れた襟を直す。
康介のやつ……道場に行くと言ってあったのに。
「幸せボケしてるんじゃないのか?」
「そんなんじゃありませんよっ」
否定しているが、実際織田の不調は岬とつき合い始めてからである。
もともとゲイではなかった織田だが、岬と身体の関係ができてから周囲の男に近寄るのにヘンな遠慮をするようになってしまった。
寝技の最中に相手の道着が崩れて乳首でも露出しようものなら、岬のそれに吸い付いた時の可愛い喘ぎ声が頭の中にこだまする。
最近では寮の男風呂にはいるのでさえ、ヘンな気分になるのだ。
警察官でゲイだとわかっている男の裸はまともに見れない。
「ほら、もう1本かかってこい」
「カンベンして下さいよ……俺、あっち行って白帯とやってきます」
織田はすごすごと月島から逃げ出して、白帯の学生を相手にする。
しかし、気を抜くと白帯にまで投げられてしまいそうだ。
若くて色白の学生の乳首はまずい。
なるべくごつくて筋肉ムキムキのやつを相手にしよう。
今の織田にとっては男ばかりの集団が居心地悪いことこの上ない。
早々に練習を切り上げてシャワーを浴びていると、シャワールームに月島が後から入ってきた。
織田は月島の裸を見て見ぬふりをする。
織田は数年前、一度だけ月島と関係を持ったことがある。
関係と言ってもほとんど無理矢理だったのだが、その時の鮮烈な記憶はまだ織田の脳裏に焼き付いている。
月島はゲイであることを隠していなかったので、捜査中にもよく織田にちょっかいをかけてきた。
普段冷徹な上司だっただけに、織田の上で腰を振りながら乱れていった月島の姿は忘れられない。
岬には絶対言えない話だが、まだ若かった織田は興奮して夢中で月島を突き上げてしまい、一晩中ケモノのように抱き合ったのだ。
思えばあの経験がなかったら織田は岬に手を出していなかっただろうと思う。
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