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第31話 遭遇

 そのチンピラ風の男は、エレベーターを降りた瞬間に、ついたての向こうで待っている男2人のカップルに気付いた。  帰りのエレベーターから降りた客が、これから入る客と顔を合わせないようにエレベーター前にはすりガラスの仕切りがある。    ゲイかよ……とついたての隙間からのぞいて顔を見た瞬間に驚いた。  アイツは昨日の刑事じゃねぇか……    その男は織田の顔を覚えていた。  昨日織田が取り逃がした元八代組の下っ端組員、黒川克巳だったのだ。  黒川はあえて遠くに逃げずに、女を連れてホテルに潜んでいた。    まさかこんな場所で会うとはな……  黒川はそのあたりでは有名人の岬の顔にも見覚えがあった。    へえ……刑事と歌手のホモカップルねえ……面白ぇもん見たな。  あまり見ていると織田が気付くといけないので、黒川は顔を伏せてさっさとホテルを後にした。   「お客さん、お待たせしました。空きましたよ。305のお部屋です」    従業員に声を掛けられて織田と岬は部屋に向かった。  中に入った途端に岬が顔をしかめる。   「うわ、最悪。なんだよこのニオイ!」    安っぽい整髪料のような、男物のオーデコロンのニオイが充満している。  さっき出ていった男が出がけにでも振りまいたのだろう。  岬の機嫌はいっぺんに悪くなる。  今日はツイてない日だ、と織田も思いながら窓を探して換気をする。   「換気している間に、康介は風呂に入ってこいよ。その間に少しはマシになるだろ」 「ああ、そうする」    織田は岬がシャワーを浴びている間に、本当にきちんと掃除したんだろうな、とあたりを見回す。  前の客が出てから急いで掃除をしただろうから、ゴミでも残っていたらますます岬が嫌がりそうだ。    ふとベッドの向こう側にあるゴミ箱を見たら案の定ティッシュの山が捨ててある。  やっぱり適当に掃除しやがったな、と岬の目に触れる前に始末しようとして、織田はゴミの中に埋もれている物を見つけてしまう。    注射器じゃねぇか……  さっき出てった客が覚醒剤常用者ってことか。    ちらっと見かけたカップルの後ろ姿を思い出す。  男の方が恐らく組関係か外国人の密輸グループに関わっているだろう。    織田はフロントに電話をかけて、この部屋を掃除した者に聞きたいことがある、と告げた。  すぐにノックの音が聞こえて、中年の女が顔を出す。   「これは前の客が捨てていった物なんだが」    織田がゴミと一緒に注射器を見せると、女の顔色が変わる。   「すみません、気づきませんで……」 「どんな客だったか覚えているか?」    織田はこんなところで手帳を提示したくなかったが、女が怯えているので警察手帳を提示する。   「いえ……私たちはあまりお客さんの顔を見ないようにしているので」 「男の方の客はよく来るのか」 「わかりませんが……実は注射器が捨てられていたことは以前にもありました」 「男は外国人のようだったか?」 「いえ、日本人だと思います。帰り際に大声でしゃべっているのは聞こえましたから」    やはり、組関係だな。  しかし今は覚醒剤の捜査中ではない。  令状もないしすでに帰ってしまった客をつかまえることも不可能だ。  何かあった時にはホテルの監視カメラの映像が使えるだろう、と織田は今は情報収集だけにとどめておくことにする。    織田は気をつけて捨ててくれ、と女にゴミを渡して帰らせた。  岬が鼻歌まじりにシャワーから出てくる。   「どうした? なんかあったのか?」 「ああ、いや。ゴミが残ってたから文句言ってたんだ」 「あわてて掃除したからだな」    岬が気づく前に処理できてよかった。  本当に今日は厄日だな、と織田は苦笑いを浮かべて、自分もシャワーを浴びに行った。   「修司……次はいつ会えるか、やっぱりわからないよね」 「そうだな、今の事件が一段落するまでは」    岬はめったにそういうことは言わないのだが、今日は月島のことが気になっていた。   「もし、ちょっとでも仮眠したい時とか、1時間でも会える時があったら連絡して。顔見たら安心するから」 「わかった。それぐらいなら、時間作れる時もあるだろう」    織田もできるだけ岬を不安にさせないように、顔ぐらいは見せてやろう、と思っていた。  

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