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第34話 見つけた!

「黒川だな」    腕をひねられ、床に倒されたのは織田の方だった。  黒川に護身術の心得があることを知らなかった織田の油断だ。  織田は肩を押さえて倒れ、黒川は駆け出した。  出国ゲートは目の前だ。  しかし、黒川の行く手には月島が立ち塞がった。   「ずい分手のこんだマネをしてくれたな」    月島は笑みを浮かべながら、悠然と黒川に歩み寄り、一瞬で黒川をねじ伏せた。  出国しようとしている黒川は武器など持っていない。  少々の護身術程度で月島にかなうはずなどなかった。  数人の警官が駆け寄り、黒川は逮捕された。   「織田っ大丈夫かっ」 「肩を……やられて……」 「脱臼か。稽古をさぼるからだ」    織田は左肩の故障があり、たびたび脱臼していたのを月島は知っていた。  織田の上着を脱がせて、関節の位置を確認する。   「歯、くいしばっとけよ」  月島は簡単な整復ぐらいは心得がある。  織田を抱えて肩の関節を押し込むと、織田は悲鳴をあげた。   「動けるか」 「なんとか」    肩を押さえてかばいながら織田は立ち上がる。  こんなところで倒れている場合じゃない。  無線で、黒川の逃走車両が発見されたと月島に連絡が入った。   「第一ターミナルの駐車場だな。人質は?」 「発見されました。生存しています」 「わかった、すぐに向かう。行くぞっ織田」  織田と月島が駐車場に到着すると、すでに救急車が到着していた。    康介は……  康介は大丈夫なのか……    織田はもう仕事のことなど頭になかった。  救急車に乗せられた岬のところへ、夢中で飛んで行った。    岬は意識がなかった。  やつれて、昏睡しているように見える。 「薬物による昏睡の可能性」    救急隊員はそう言った。  服のそでがまくられていて、注射の痕がある。   「康介っ! 起きろ! 目を開けてくれっ!」    岬の身体にすがりついて半狂乱になった織田を、月島が止めた。   「身体を揺するな。頭を打っていたりしたら危険だ」    救急隊員が岬の年齢や血液型などを織田に聞いてくるが、織田はまともに返事すらできなかった。   「俺のせいだ……」    織田が一番恐れていたことだった。  せめて毎日連絡ぐらいしていれば、もっと早く気付いていたのに、と織田は激しく後悔していた。   「織田、お前もケガ人だ。治るまで出てこなくていい。一緒に病院へ行け」    岬は警察病院へ入院した。  黒川の逃走を手助けした仲間がいる場合、岬が顔を見ていれば狙われる可能性がまだある。  岬は個室に入れられ、監視がつけられた。    検査の結果、岬に使われた薬物は麻薬のたぐいではなく、睡眠薬だった。  ただし大量に投与されたのと、水も食事も与えられていなかったことで岬は衰弱していた。  点滴でずっと栄養を与えられていたが、1日立ってもまだ目覚める様子はない。    織田はつきっきりで岬の側にいた。  目が覚めたら一番に謝りたかった。  さぞかし怖い思いをしただろう、心細かっただろう、と思うとたまらなかった。    岬が目覚めたのは翌日の夕方のことだ。  目をあけて、織田の顔をぼんやりと見てから、岬は嬉しそうに微笑んだ。  それから、周囲を見回し不思議そうな顔になった。   「あれ……俺なんで病院に?」 「覚えてないのか?」    織田はどこまで岬に話そうか迷った。  怖い思いをしたのなら、あまり思い出して欲しくない。   「俺、ライブが終わって飲み過ぎて……帰りに知らない男に声をかけられて……」    岬が覚えているのはそこまでのようだった。  黒川はすでに自白をしていたが、岬を殴って気絶させたあと車に乗せ、睡眠薬を投与し続けて眠らせたまま放置していたのだ。   「なんか身体中が痛い」 「そうか……」    岬の笑顔を見た途端に、織田の目からは涙があふれ出して止まらなかった。   「修司……どうしたんだ?」    織田の涙を見たのは初めてだ。  岬はまだわけがわからなくて驚いていた。   「なあ、俺なんで倒れたんだ? 教えてくれよ」 「俺のせいなんだ……」    織田は自分がやくざがらみの犯人を追っていて、岬はそれに巻き込まれたのだと正直に話した。  岬は何も覚えていないようで、それが織田にとっては唯一の救いだった。   「悪かった……お前にもしものことがあったら俺は……」 「そうか……俺、3日も寝てたんだ」    岬はまだ自分の身に起きたことがよく理解できていなかったが、現実に今無事に病院にいて、側に織田がいるのでそれでいいと思った。  寝ている間に事件は解決したんだろう。   「俺、無事だったみたいだし、もういいじゃん」 「だけど……危なかったんだ……本当に」    目を真っ赤にして、織田は岬の顔をのぞきこんでいる。  岬は織田がずっと眠らずに側にいてくれたんだろうと、それが嬉しかった。   「俺と一緒にいると、こういうことになる可能性がある……」 「まさか別れようとか言うんじゃないだろうな」    岬は弱気になっている織田を逆ににらみつける。   「俺はそんなの嫌だぞ。お前が刑事だということは最初から分かってたんだ。今更それが理由で別れるとか言わせないぞ。修司だって言ったじゃないか、俺となら一緒に生きていけるって!」    岬がそう言ってくれるのは分かっていた。  織田は今まで岬のそういう気持ちに甘えていたのだ。  中途半端なことをしていて、岬をこんな目に合わせてしまった。   「それでも……一緒にいてくれるんだな」 「当たり前だろ。いちいちこんなことで別れてたら、刑事の恋人なんてつとまらねぇだろ」 「それなら一緒に暮らそう、康介」    織田は思わず岬を抱きしめた。  そうだ、一緒に暮らそう。  もっと早くそうしていればよかった。   「え? 一緒に?」 「ああ。お前を一人で置いといた俺がバカだった。一緒に暮らしていれば、もっと早く気づけたものを」    織田は岬を遠ざけようとしていたのは逆だったと後悔していた。  たとえ寝るだけでも、毎日顔を見ている方がはるかに安心だ。  これからも恋人でいるなら、岬からは目を離さないのが正解だ。   「本当?」    岬は心から嬉しそうな顔になった。   「ああ、すぐにでも……お前が戻ったら引っ越す」 「気が変わったりしない?」 「ああ。もうお前を一人にはさせない」    織田はしっかりと岬の目を見てそう言うと、唇を重ねた。    岬の唇が温かい……  生きててくれてよかった……  

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