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第35話 同族嫌悪

 コンコン、とノックの音がして振り返ると月島が立っていた。   「ノックは入ってくる前にしろっ!」    岬は月島の姿を見て噛みつくように怒鳴る。   「ああ、邪魔したね。続き、してくれてもいいよ」 「誰がっ!なんの用だよっ!」 「その様子だと元気になったようだね。織田、お前はケガは大丈夫か」 「あ、はい。月島さんの応急処置が良かったようで、まったく大丈夫です」 「修司……ケガしたのか?」    岬の顔色が変わる。  自分のことすら何が起きたのかわかっていなくて、織田のケガにまでは気がついていなかった。   「いや、脱臼だ。もう治ったよ。月島さんは柔道整復師の資格も持ってるから助かった」 「そうか……」    やっぱりこいつは、織田のことを守ってくれたのか……と岬は元気をなくす。  俺が倒れている間に、織田の側には月島がずっと一緒にいたんだろう。   「黒川の逃走を手伝ったやつが捕まった。もう岬くんは狙われる心配はないだろう。それを伝えておこうと思ってね。監視は帰らせたよ」 「そうでしたか」    織田はほっと胸をなでおろす。  これ以上岬を危険な目に合わせる可能性はなくなったのだ。   「ところで、お前にマル暴へ異動しろと言ってた話だが」 「月島さん、何も今ここでそんな話をしなくても」 「推薦は取り下げたよ。今のままのお前じゃ安心して仕事をまかせられない。白帯からやり直せ」 「月島さん……すみません」 「修司を……織田を見捨てるのかよ! お前、パートナーになれるって言ったんじゃねぇのか!」    岬は織田にはこの男が必要なんじゃないかと、心配した。  仕事のことはよくわからないけど、俺じゃなくて守ってくれるこの男が必要なんじゃないのか?    月島はニヤニヤ笑いながら、岬に近寄ってきた。   「可愛い恋人だなあ、織田。なあ、岬くん。キミは何か勘違いしているようだが……」    月島が岬の頬に触れようとしたので、岬はぎょっとしてよける。   「俺は本来はタチなんだ。織田なんかより、キミの方がよっぽど好みなんだけどなあ」 「ふ、ふざけんなっ! 俺だって本当はタチだっ!」 「月島さん……康介は病人なんだからからかうのはやめて下さい! 康介もそんなくだらないことで張り合うなよ」    食えねぇ野郎だ、まったく……と岬はそっぽを向く。  タチのくせに抱かれたってことは、よっぽど気があるって証拠じゃねぇか。  俺だって修司じゃなかったら抱かれてなんかやらねぇぞ。   「なるほど、キミとは共通点がありそうだねえ」 「ねぇよ!用が済んだのならさっさと帰れっ!」    どうも月島は岬にとっては天敵のようだ、と織田はため息をつく。  同族嫌悪というやつかもしれない。  月島は高笑いをしながら、後ろ手に手を振ると病室を出て行った。    3日も入院していると、岬はすっかり元気になった。  病室にはバンドメンバーが見舞いに訪れたりしている。    岬の拉致事件は報道されなかった。  岬の知名度と織田との関係を考えて、月島が伏せてくれたようだ。  警察は、警察関係者に関わる事件が公表されることを嫌う。    岬は表向きには事故に遭って頭を打って入院していたということになっていた。  織田も捜査中の負傷という建前で、ずっと岬の側につきそっている。   「あーあ。早く退院したいなあ」 「しっかり食わないと、体力が戻らないだろ」    岬は病院の食事が気に入らなくて、食が進まないようだ。   「修司、後でお寿司買ってきてよ」 「はいはい、わかったよ」    何を食べてもいいと病院に言われているので、織田が岬の好きな物を買ってきては食べさせている。  いつもは岬が織田の食事の心配をする側だが、今だけは織田にわがままを言って甘えるのを楽しんでいるようだ。   「すっかり元気になったようだな」 「また来やがった……」    なぜだか月島も仕事の合間に毎日顔を出す。  わざわざ岬をからかいに来るのが楽しみのようだ。   「チワワくんの好物はプリンだと聞いたんでね」 「誰がチワワだっ!」 「おや、要らないの?」    月島はマキシム・ド・パリの箱を岬の目の前にぶら下げる。   「もらっといてやるよっ」    岬は奪い取るように箱を受け取る。  マキシム・ド・パリのプリンは岬の大好物なのだ。  口は悪いが月島のやることはツボをついていて、それが余計に腹が立つ。   「織田は今日はいないのかな」 「今買い物に行ってる」 「ふーん……それはいい時に来たみたいだね」    月島が岬のベッドに腰をかけようとするので、岬は反対側にずりずりと逃げる。  点滴がつながっているので、それ以上は逃げられない。   「ち、近寄るなよっ」 「どうして。俺が怖い?」    月島はクスクス笑いながら、プリンの箱を抱きかかえている岬の手に触れる。   「俺が食べさせてやろうか?」 「いいから、そんなに近寄るなって」    月島を押し返そうとしている岬の顔が赤い。  岬は強引な男には弱いのだ。月島は容姿端麗だし、織田よりも強いと聞いている。  恋人がいない時だったら……と一瞬岬は月島のフェロモンに負けてしまいそうな気になる。 「なんなら口移しでも……」    月島のキレイな顔が近づいて、岬の心臓がドキンと跳ねる。   「あっ月島さん!何やってんですかっ! こらっ康介っ……離れろっ!」 「ああ、もう帰ってきたの。せっかく岬くんを美味しく頂こうと思ってたのになあ」    織田が血相を変えて岬を奪い返そうとするので、月島は笑いながら立ち上がる。   「残念。岬くん、またね」    織田はぼーっとプリンの箱を抱えて月島を見送っている岬の異変に気付く。  なんだ、今のは……  今日はケンカしてなかったぞ……   「まったく油断も隙もねぇな、月島さんときたら……康介、お寿司買ってきたぞ」 「え?……ああ。サンキュ」    織田は岬からプリンの箱を取り上げて、寿司折りを手渡す。   「あっプリン……」 「食い物につられてんじゃねぇよ!月島さんには気をつけろっ」 「お前に言われても説得力ねぇよ」    岬は顔を赤らめてふい、と目をそらす。  つい月島に押し倒されるところを妄想してしまった……  どうやら織田が敵わない男には、岬も敵わないようである。  

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