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第39話 【番外編SS5】 心配
織田と岬が同居するようになって、2人の関係は少し変わった。
織田は毎日帰るか帰らないかの連絡は、必ず岬に入れるようになった。
仕事が忙しい時には2日ほど帰ってこないこともあったが、岬はそれでも以前に比べたら満足していた。
帰って来るか来ないかさえわかっていれば、それほど心配しなくても済む。
一週間も十日も会えなかった頃に比べたら幸せだ。
帰って来ないとわかっている日は、羽をのばすこともできるので調度よいペースだと思っていた。
帰って来るとわかっている日は、できるだけ岬も早く帰るようにしていた。
岬はそれなりに新しい同居生活に満足していたのだが、織田のほうは実はちょっと事情が違っていた。
今までは連絡をいれて訪れたり夜中遅くに寄ったりしていたので、必ず岬は家にいた。
しかし毎日一緒に暮らすようになると、織田が帰った時に岬が仕事でいない時もある。
自分が帰った時に岬がいないと、気になって仕方がないのだ。
どこで何をしているのだろう、とつい電話をかけたりメールをしたりしてしまう。
岬はたいてい仕事中でも、1、2時間以内には返信してくるのだが、それを待っている間すらそわそわしてしまうのだ。
まだ自分の家だという実感がないので、岬が不在だと落ち着かないのだろう、と思っていた。
ある日のこと、いつものようにライブが終わって岬が携帯をチェックすると、織田から連絡メールが届いていた。
今日は帰って来れないのか……
それならフィレンチェにでも寄って帰りたいところなのだが、1人では飲みに行くなと織田から止められている。
織田は別に岬がフィレンチェへ行くのが心配なわけではなく、1人で酔っぱらって帰るのを心配しているようだ。
女じゃあるまいし、と岬は思うのだが、事件の時一人で飲んでいた帰りに拉致されたことを気にしているのだろう。
バンドメンバーが全員揃って別の店に飲みに行くと言っているので、岬は一緒に行くことにした。
そう言えば織田とつき合い出してから、あまりメンバーと飲みに行ってない。
帰ってこない日ぐらいつき合っておこうか、という気になった。
メンバーと訪れた店は、ライブバーで顔見知りのミュージシャンが数人演奏していた。
久しぶりに岬の顔を見て、一緒にステージに上がれ、と誘ってくる。
中には古い知り合いもいたし、たまには違うミュージシャンと演奏するのも刺激になる。
岬は機嫌よくギターを持ってステージに上がった。
そして楽しく演奏をしていたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
トイレに行こうと、岬がステージを降りたのは店に着いて二時間以上立ってからである。
店の入り口の横にあるトイレに入った途端、ポケットに入れていた携帯のバイブが着信を知らせた。
こんな時間に誰だろう、と思ったら織田である。
しかも、メールと着信履歴合わせて20回近く履歴が表示される。
いったい何事だ。
メールには、どこにいるのか?、とか連絡が欲しい、と繰り返し書かれていた。
地下の店だし、ステージは店の奥なので電波が届かなかったのだろう、と岬は店の外に出て織田に電話をかけてみた。
それにしても最近の織田はちょっと束縛が過ぎる、と岬は内心思っていた。
あれほど自分は連絡もせず好き放題していたくせに、一緒に暮らした途端にこんなに束縛されるとは想像していなかったのだ。
ワンコールですぐに織田が出た。
「康介……今どこにいる?」
「どこって、今新宿のライブバーでちょっと演奏してたんだけど」
「こんな時間までか?」
「久しぶりに昔の仲間に合ったんだよ。それで誘われてステージに上がってた」
「そうか……まだ遅くなるのか?」
「修司は仕事中じゃなかったのかよ」
「いや、帰ってきた」
なんだ、予定が変わって帰ってたのか、とそれなら岬も今から帰る、と織田に伝える。
迎えに来る、と言うので待っていると、15分ほどで織田は飛んできた。
まだスーツを着ているので、仕事から帰って着替えてなかったんだろう。
「今日は帰れないんじゃなかったのかよ」
「そうなんだが……電話をかけたらずっと圏外だったから」
「それで帰ってきたのか?仕事中に?」
「ああ、ちょっと無理して帰ってきた」
「バカだなあ。一人で飲んだりしてないぜ。バンドメンバーと一緒だったんだ」
「ならいいんだけどさ……携帯の入らない店に行く時は連絡くれないか?」
「入る場所と入らない場所があったんだよ! 気づかなかったんだ」
岬はなんとなく織田が不機嫌そうで、責められているような気持ちになって、イライラし始めた。
何も悪いことをしていないのに、疑われているような気分だ。
ちょっと数時間携帯が入らないぐらいで、いちいち連絡などしていられない。
そういう織田こそ、捜査中はまったく連絡などつかないではないか。
「そういうお前の方が連絡つかないことが多いのに、なんで俺ばっかり責めるんだよ」
「いや……責めてるわけじゃないんだ」
とりあえずマンションについたので、二人は無言で家に入る。
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