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第12話 血の真実
──コンコンッ
「やめておきなさい、ノーヴァ」
いつの間に来たのか、開け放たれた扉に寄り掛かったヴァニルがノーヴァを制止する。俺の卒業の機会 と覚悟を奪いやがった。
「ヴァニル····、どういうつもり? 何邪魔してくれてんの」
「ノーヴァ、貴方が彼と交われば、血の味が変わりますよ」
「······何それ。そんなわけないでしょ」
「まったく、貴方は未だ自覚がないんですか?」
「お前ら、何の話してんだよ。俺にはさっぱりわかんねぇんだけど」
「お前は知らなくていいよ」
「え。俺、当事者じゃないの?」
「はははっ。しっかり当事者ですよ。それはもうガッツリと」
「だよなぁ。そうだよなぁ。で、俺は知らなくていいと?」
ノーヴァは苛立ちながら、何故かまたモジモジしている。頬を赤らめて、どういう感情なんだよって表情 をしている。
ヴァニルはノーヴァを揶揄うように薄ら笑み、呆れた目を俺たちに向ける。
「ヌェーヴェル、貴方は我々の事をどう思っていますか?」
「どうって何だよ。唐突に漠然としてるな······」
「ヴァニル、はっきり言いなよ。甘い血は、恋の証なんでしょ」
「ふふっ、そうですよ。ノーヴァ、貴方の初恋ですね」
「ハツコイ······え、は? 初恋!? ノーヴァが誰に?」
胃の辺りがモヤモヤするのは何故だ。ノーヴァが誰を好いていようと、俺には関わりない事だ。
「はぁ····。貴方ですよ、ヌェーヴェル。鈍感を通り越して阿呆ですね」
「こいつが俺に恋!? 俺の事好きなの? うっそだ~」
「嘘じゃないですよ。ノーヴァが食事として血を求める事はあっても、行為だけを求めた事はないでしょう」
「······確かに」
「そういうものなのですよ、我々吸血鬼というものは。吸血はただの食事として行いますが、行為は好いた相手としかしない。これまでも、ノーヴァは無意識に貴方を求めていた、という事ですね」
「······へぇ。そういうものなのか」
理解が追いつかないが、結局どういう事なんだ。ノーヴァは、いつから俺を好きだったんだ。好きな奴としか行為をしない? だったらヴァニルのそれは何なんだ。
「ちょっと待ってよ。それじゃあやっぱり、ヴァニルもヴェルが好きなの?」
やはりそういう事なのか。いや、お前が待てよ。ヴァニル“も”という事は、お前も俺を好きだと言う事になるのだが、自分の発言に気づいているのだろうか。
それよりも、血の味が変わるって何なんだ。まったく、訳が分からない。
「そうですねぇ。まぁ、私の場合、恋と言うより愛ですけどね。私はとっくに、ヌェーヴェルを愛してますよ。ノーヴァに対する愛と同じくらいには」
とんだ問題発言をさらりとぶっちゃける辺り、ヴァニルの倫理観が問題だらけなのは明らかだ。
嫉妬か何かは定かではないが、そういう感情を抱いていそうな分、ノーヴァのほうが幾分か真面 そうだな。
「おい、どっちでも良いからちゃんと説明しろよ!」
「ノーヴァ、言っちゃっていいんですか?」
「······ふんっ、好きにしなよ」
ヴァニル曰く、吸血鬼は本能的に甘い血を求めるらしい。それはローズが言っていた、恋の成分を含んだものを探知する為の能力なんだそうだ。
そして、それは片想いの間だけ、ほんのりと甘い絶品の血なんだとか。両想いになると、更に喉が焼けるほど甘く感じるようになるらしい。曰く、恋い慕う相手の愛を手に入れる代償なのだと言う。
だが、より甘くなるなら代償とは言わないのではないだろうか。吸血鬼の感性はよく分からん。
「なんでもっと甘くなるのがいけないんだ? 吸血鬼って、甘いの苦手なのか?」
「いえ、本当に喉が焼けるんですよ」
「えぇっ!? ····いや、待て。ローズは焼けてないぞ。そんな話、一度も······」
「ローズって誰ですか? その方の事は知りませんが、きっと喉は焼け爛れている筈ですよ。それでも飲み続けるという事は、それ程に愛しているのでしょうね」
「喉が爛れて飲めるものなのか?」
「まぁ、吸血鬼ですし。回復はお手の物ですから。ただ、尋常ではない痛みに耐えている筈ですけどね。何度も自ら焼く覚悟は、それはもう至極の愛ですよ」
ヴァニルは吸血鬼にとって常識だと言うが、ノーヴァはよく知らなかったようだ。親や友人もおらず、ヴァニルの偏った育て方から鑑みるに、致し方のない事なのだろう。
要は恋人探しなわけだ。で、俺はノーヴァとヴァニルから恋心を寄せられていると。ノーヴァはわかったが、ヴァニルのそれは何だ? 俺はてっきり、ヴァニルはノーヴァが好きなんだと思ってたんだが。
「なぁ、ヴァニルもその、俺の事を愛しているとかほざいてただろ」
「ほざい······えぇまぁ、はい」
「お前も、喉が焼けるのか?」
「はい。毎度毎度、喉を引き千切りたくなる程度には。あんな痛み、ノーヴァに耐えられないと思いますよ」
「た、耐えれるし。お前にできて、ボクにできないなんて、お前のほうがヴェルを好いてるみたいじゃないか」
「そこは愛の深さではなく、耐え性があるかどうかですよ。得手不得手は誰にでもあるでしょう」
なんて軽く言うヴァニルだが、ノーヴァは不満そうだ。結局、互いに想いを自覚して交わるのがきっかけという事だな。どういうメカニズムかは全くもってわからんが、とりあえず理解はした。
いやまぁ、そうかそうか。ノーヴァにも恋をする心があったんだな。良かった。少し安心した。特殊な生い立ちの所為か、感情が少し欠落していると思っていたが、そうか、そうだったのか。
····いや、何も良くない。ノーヴァに感情が芽生えているのは喜ばしいが、俺の置かれた状況は変わらないのだから。なんなんだ、この無駄なモテ期は····。
それにしても、1番不憫なのはノウェルだ。こいつらの色恋沙汰に巻き込まれた挙句、ヴァニルに嬲られてんだからな。どうにかしてやらないとなぁ······。
「ちょっと待て。なんでヴァニルの喉がやけるんだ」
「おや。やっと気づきましたか」
俺はとんでもない事に気づいてしまった。互いに想いを自覚して交わるのがトリガー。だったら俺はいつ、ヴァニルへの想いを自覚したのだ。今でも、好きかと問われればイエスとは言わない。なのに、どうして両想いという事になっているのだ。
「貴方が阿呆だからですよ、ヌェーヴェル。貴方、とっくに私の事好きだって認めてるじゃないですか。主に身体が」
「なっ!? 心の話じゃないのか!?」
「そうなんですけどね。身体から引っ張られてくる心というものもあるんですよ」
要するに、身体を懐柔され、知らぬうちに心までヴァニルの良いようにされていたという事か。言われてみれば、口では拒絶するような事ばかり言っていたが、心から拒絶した事はなかった。
むしろ、コイツらを求めて身体が疼く事もあった。アレはただの性欲だと思っていたが、そこに想いが混じっていたという事だろうか。
認めてしまえば楽になるのだろうが、俺は難儀な性格をしているらしく、心の整理ができるまでは認められそうにない。
「まぁ、前向きに捉えてやるから、今日は部屋に戻れ。1人で考えさせてくれ」
「やだよ。何もしないであげるから。今日は一緒に寝る。ヴェルに拒否権はないんだからね」
「でしたら私も、一緒に寝ましょうかね。もし、我慢出来ずに手を出してしまったらすみません」
「うるせぇ。死ぬ気で我慢しろ。明日も早いんだ。さっさと寝るぞ」
俺たちは、3人でベッドに入った。たまにはこういうのも悪くないと思った。だが、2人の硬くなったアレが、ずっと俺の太腿に当たっていて、気になってよく眠れなかった。
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