12 / 29

第12話 血の真実

──コンコンッ 「やめておきなさい、ノーヴァ」  いつの間に来たのか、開け放たれた扉に寄り掛かったヴァニルがノーヴァを制止する。俺の卒業の機会(チャンス)と覚悟を奪いやがった。 「ヴァニル····、どういうつもり? 何邪魔してくれてんの」 「ノーヴァ、貴方が彼と交われば、血の味が変わりますよ」 「······何それ。そんなわけないでしょ」 「まったく、貴方は未だ自覚がないんですか?」 「お前ら、何の話してんだよ。俺にはさっぱりわかんねぇんだけど」 「お前は知らなくていいよ」 「え。俺、当事者じゃないの?」 「はははっ。しっかり当事者ですよ。それはもうガッツリと」 「だよなぁ。そうだよなぁ。で、俺は知らなくていいと?」  ノーヴァは苛立ちながら、何故かまたモジモジしている。頬を赤らめて、どういう感情なんだよって表情(かお)をしている。  ヴァニルはノーヴァを揶揄うように薄ら笑み、呆れた目を俺たちに向ける。 「ヌェーヴェル、貴方は我々の事をどう思っていますか?」 「どうって何だよ。唐突に漠然としてるな······」 「ヴァニル、はっきり言いなよ。甘い血は、恋の証なんでしょ」 「ふふっ、そうですよ。ノーヴァ、貴方の初恋ですね」 「ハツコイ······え、は? 初恋!? ノーヴァが誰に?」  胃の辺りがモヤモヤするのは何故だ。ノーヴァが誰を好いていようと、俺には関わりない事だ。 「はぁ····。貴方ですよ、ヌェーヴェル。鈍感を通り越して阿呆ですね」 「こいつが俺に恋!? 俺の事好きなの? うっそだ~」 「嘘じゃないですよ。ノーヴァが食事として血を求める事はあっても、行為だけを求めた事はないでしょう」 「······確かに」 「そういうものなのですよ、我々吸血鬼というものは。吸血はただの食事として行いますが、行為は好いた相手としかしない。これまでも、ノーヴァは無意識に貴方を求めていた、という事ですね」 「······へぇ。そういうものなのか」  理解が追いつかないが、結局どういう事なんだ。ノーヴァは、いつから俺を好きだったんだ。好きな奴としか行為をしない? だったらヴァニルのそれは何なんだ。 「ちょっと待ってよ。それじゃあやっぱり、ヴァニルもヴェルが好きなの?」  やはりそういう事なのか。いや、お前が待てよ。ヴァニル“も”という事は、お前も俺を好きだと言う事になるのだが、自分の発言に気づいているのだろうか。  それよりも、血の味が変わるって何なんだ。まったく、訳が分からない。 「そうですねぇ。まぁ、私の場合、恋と言うより愛ですけどね。私はとっくに、ヌェーヴェルを愛してますよ。ノーヴァに対する愛と同じくらいには」  とんだ問題発言をさらりとぶっちゃける辺り、ヴァニルの倫理観が問題だらけなのは明らかだ。  嫉妬か何かは定かではないが、そういう感情を抱いていそうな分、ノーヴァのほうが幾分か真面(まとも)そうだな。 「おい、どっちでも良いからちゃんと説明しろよ!」 「ノーヴァ、言っちゃっていいんですか?」 「······ふんっ、好きにしなよ」    ヴァニル曰く、吸血鬼は本能的に甘い血を求めるらしい。それはローズが言っていた、恋の成分を含んだものを探知する為の能力なんだそうだ。  そして、それは片想いの間だけ、ほんのりと甘い絶品の血なんだとか。両想いになると、更に喉が焼けるほど甘く感じるようになるらしい。曰く、恋い慕う相手の愛を手に入れる代償なのだと言う。  だが、より甘くなるなら代償とは言わないのではないだろうか。吸血鬼の感性はよく分からん。 「なんでもっと甘くなるのがいけないんだ? 吸血鬼って、甘いの苦手なのか?」 「いえ、本当に喉が焼けるんですよ」 「えぇっ!? ····いや、待て。ローズは焼けてないぞ。そんな話、一度も······」 「ローズって誰ですか? その方の事は知りませんが、きっと喉は焼け爛れている筈ですよ。それでも飲み続けるという事は、それ程に愛しているのでしょうね」 「喉が爛れて飲めるものなのか?」 「まぁ、吸血鬼ですし。回復はお手の物ですから。ただ、尋常ではない痛みに耐えている筈ですけどね。何度も自ら焼く覚悟は、それはもう至極の愛ですよ」  ヴァニルは吸血鬼にとって常識だと言うが、ノーヴァはよく知らなかったようだ。親や友人もおらず、ヴァニルの偏った育て方から鑑みるに、致し方のない事なのだろう。  要は恋人探しなわけだ。で、俺はノーヴァとヴァニルから恋心を寄せられていると。ノーヴァはわかったが、ヴァニルのそれは何だ? 俺はてっきり、ヴァニルはノーヴァが好きなんだと思ってたんだが。 「なぁ、ヴァニルもその、俺の事を愛しているとかほざいてただろ」 「ほざい······えぇまぁ、はい」 「お前も、喉が焼けるのか?」 「はい。毎度毎度、喉を引き千切りたくなる程度には。あんな痛み、ノーヴァに耐えられないと思いますよ」 「た、耐えれるし。お前にできて、ボクにできないなんて、お前のほうがヴェルを好いてるみたいじゃないか」 「そこは愛の深さではなく、耐え性があるかどうかですよ。得手不得手は誰にでもあるでしょう」  なんて軽く言うヴァニルだが、ノーヴァは不満そうだ。結局、互いに想いを自覚して交わるのがきっかけという事だな。どういうメカニズムかは全くもってわからんが、とりあえず理解はした。  いやまぁ、そうかそうか。ノーヴァにも恋をする心があったんだな。良かった。少し安心した。特殊な生い立ちの所為か、感情が少し欠落していると思っていたが、そうか、そうだったのか。  ····いや、何も良くない。ノーヴァに感情が芽生えているのは喜ばしいが、俺の置かれた状況は変わらないのだから。なんなんだ、この無駄なモテ期は····。  それにしても、1番不憫なのはノウェルだ。こいつらの色恋沙汰に巻き込まれた挙句、ヴァニルに嬲られてんだからな。どうにかしてやらないとなぁ······。 「ちょっと待て。なんでヴァニルの喉がやけるんだ」 「おや。やっと気づきましたか」  俺はとんでもない事に気づいてしまった。互いに想いを自覚して交わるのがトリガー。だったら俺はいつ、ヴァニルへの想いを自覚したのだ。今でも、好きかと問われればイエスとは言わない。なのに、どうして両想いという事になっているのだ。 「貴方が阿呆だからですよ、ヌェーヴェル。貴方、とっくに私の事好きだって認めてるじゃないですか。主に身体が」 「なっ!? 心の話じゃないのか!?」 「そうなんですけどね。身体から引っ張られてくる心というものもあるんですよ」  要するに、身体を懐柔され、知らぬうちに心までヴァニルの良いようにされていたという事か。言われてみれば、口では拒絶するような事ばかり言っていたが、心から拒絶した事はなかった。  むしろ、コイツらを求めて身体が疼く事もあった。アレはただの性欲だと思っていたが、そこに想いが混じっていたという事だろうか。  認めてしまえば楽になるのだろうが、俺は難儀な性格をしているらしく、心の整理ができるまでは認められそうにない。 「まぁ、前向きに捉えてやるから、今日は部屋に戻れ。1人で考えさせてくれ」 「やだよ。何もしないであげるから。今日は一緒に寝る。ヴェルに拒否権はないんだからね」 「でしたら私も、一緒に寝ましょうかね。もし、我慢出来ずに手を出してしまったらすみません」 「うるせぇ。死ぬ気で我慢しろ。明日も早いんだ。さっさと寝るぞ」  俺たちは、3人でベッドに入った。たまにはこういうのも悪くないと思った。だが、2人の硬くなったアレが、ずっと俺の太腿に当たっていて、気になってよく眠れなかった。

ともだちにシェアしよう!