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第13話 ノウェルの心
あの夜から暫く、甘い雰囲気が続いている。
ノーヴァは妙にご機嫌で傍に居るし、ヴァニルは無駄に絡んでくる。いい加減鬱陶しい。
そんな中、俺の20歳の誕生パーティが開かれた。
今年は例年よりも少し派手に、そこそこの規模で行われる。と言うのも、ヴァールス家の経営する製薬会社の薬学課に、俺が正式に籍を置くことになったからだ。その記念パーティも兼ねているのだ。
「今宵はお集まりいただき、誠にありがとうございます。ヌェーヴェルも漸く──」
父さんの長い口上を、皆グラスを片手に飽き飽きと聞いている。大人達の張り付いた笑顔が気持ち悪い。
「では、ヌェーヴェルからも一言」
······なんだと。聞いてないぞ。このクソ親父、また勝手なことを!
「えー、皆様。毎年、私の為にお集まりいただき大変恐縮です。節目の歳を迎えまして、父から一層の飛躍を期待され荷が重いのが正直なところです。はは····ですが、世の為に成果を残せるよう尽力して参りますので、どうぞお力添えを──」
挨拶を終えた俺は盛大な拍手を浴び、恙無く乾杯を済ませた。今日からは、俺も堂々と酒を仰げるわけだ。
しっかし父さんは毎度毎度、何の相談もなく勝手に事を進める。俺が学院の寮に入る事も、会社に入る事も、母さんの葬儀の事も、全部全部レールを敷きやがる。それに刃向かえない、力の無い自分が何より情けないのだが。
折を見てパーティ会場を抜け出し、自室に戻りベッドに倒れ込む。
「「いてっ」」
何か固いもので頭を打った。それに、俺のとは別の声がした。見るとシーツに包 まった何かが蠢 いている。
「····誰だ!?」
シーツを剥ぎ取ると、半裸のノウェルが居た。髄分と酔っ払っているようだ。
こいつ、まだギリギリ20歳になっていないくせに····。またババア共に飲まされたんだな。
「僕だよ、ヌェーヴェル。君のノウェルさ。ほら、おいで」
ベッドに引き込まれた挙句、易々と組み敷かれてしまった。うっとりとした表情で俺を見やがる。その瞳が胸焼けするほど鬱陶しい。なのに、普段とは違う色っぽさを醸し出すノウェルに、不覚にも鼓動が早まってしまった
「ヌェーヴェル、僕の愛しいヌェーヴェル。あの2人がいないうちに···さぁ」
ノウェルの顔が近づく。
「なっ、何だよ!? やめろって····」
俺は必死に胸を押し返す。だが、まったく敵わない。
「何って、馬鹿だな~。僕と愛を育むんだよ? 照れないでおくれよ」
「はぁ!? お前っ、狂ってんのか! 照れてないわ!! はーなーれーろっ!」
俺は、全力で押し除けようと試みたが微動だにしない。酔っている所為なのか、血走った眼が恐ろしい。
「こんの馬鹿力がっ!」
「ヌェーヴェル····。僕はね、ずっと我慢してたんだよ? あんな吸血鬼共に君が弄ばれるのも、君が僕に振り向いてくれないのも、僕にもアイツらと同じ吸血鬼の血が流れている事もっ!!」
ノウェルは歯を食いしばりながら、自らの首を締めながら爪を立てる。
「お前····知ってたのか。いつから····」
「君の10歳の誕生日だ。薔薇の棘で指を怪我して、血を流したのを僕が舐めただろう。その瞬間だよ。そのまま君の首筋に喰らいついて、その血を全て啜ってしまいたいような、そんな激しい気持ちが湧き上がったのは」
俺の所為じゃないか。とんだ失態だ。こいつの前で、血を、取り留め俺の血を見せてはいけなかったのだ。
「あのパーティの時か。あんな子供の頃から····。だからってお前、こんな事はやめろよ」
「どうしてだい? アイツらにはこの身体を許したんだろう? 僕は君とは違うから、だからずっと我慢してきたんだ。ねぇ、どうして僕じゃダメなんだい?」
「お前は····俺の兄弟みたいなものだから。兄弟でこんなの、おかしいだろ?」
「はぁ······。ヌェーヴェル、僕はね、一度だって君を兄弟だと思えたことは無い。君の気持ちを慮って努力はしたけどね。到底無理だったんだよ。やっぱり君は、僕の愛しい天使だ」
「ノウェル······頼む、やめてくれ」
ノウェルの目には涙が滲んでいた。唇を噛み締め、悲しそうな表情で俺を見つめる。
その握られた拳で、一体どれ程の想いが潰されてきたのだろう。
「そうかい····。ごめんよ、ヌェーヴェル。僕は力づくでも、君をこの手に抱き留めたいんだ」
「おい、やめろ、本当にダメだ、やめ──」
ノウェルの勢いと力任せのキスは、どうにも気持ちが悪かった。酒の臭いに噎 せそうになる。
嫌いじゃない。好きでもない。ただ、家族なんだ。どうしてわかってくれないんだ。俺はノウェルと、ただ張り合える友人でありたい。助け合える兄弟でありたい。それだけなのに····。
──バァァンッ
勢いよく扉が開かれた。
「っ!? ヴァニル! た、助けて····」
「ハァ······。ノウェル、私達はこうなる事を恐れていたんですよ。だからこの身を呈して、同族である貴方にあんな愚行を働いたというのに····」
「ヴァニル、貴様······。貴様にどれ程嬲 られようと、僕がヌェーヴェルへの想いを断つことなどない! 貴様らにわかるか、この積年の想いが!」
「わかりませんよ。だって、まだ出会って何年も経ってないんですもん。ハハ····という事はもう、これは運命とでも呼ぶべきでしょうか」
「おいコラ、煽るんじゃないヴァニル!」
「貴様····殺してやる······僕のヌェーヴェルを弄ぶ罪深いお前らを、僕のこの手で····」
「ダメだ! ノウェル、落ち着け。お前の手が血で塗 れるなど、俺は望んでいない!」
やばい、ノウェルの瞳が深紅に変わっている。このままじゃ、本当に吸血鬼として覚醒してしまう。ノウェルが変わってしまう······。
焦るだけで何もできない。そんな自分の無力さに打ちのめされそうになった時、ヒュンと黒い影のようなものが横切った。それと同時に、俺に跨っていたノウェルが消えた。
影の行先を見ると、ノーヴァがノウェルの首を締め上げ、壁に押さえつけていた。またしても大人の姿で。ノーヴァの様子もいつもと違う。
まったく、どいつもこいつも何なんだよ!
ノウェルは首を締め上げられ、声も出せないほど苦しそうに藻掻いている。俺が止めに行こうとベッドから降りると、ヴァニルが先にノーヴァの元へ飛んだ。
「やめなさい、ノーヴァ。それ以上は死んでしまいますよ」
ヴァニルがノーヴァの腕を掴み制止する。しかし、ノーヴァがヴァニルを一睨みすると、ヴァニルは怯えたように一歩下がった。
「煩い。口出しするな。ボク、今凄く腹が立ってるんだ」
「す、すみません。しかし、本当に殺してしまってはヌェーヴェルが悲しむのを、貴方もわかっているでしょう? 少し落ち着きなさい、ノーヴァ」
「ぐっ····は、な····せ······」
「黙れ」
ギリッという音が聞こえそうなほど、さらにキツく締めたのがわかった。
「ノーヴァ、やめてくれ! ノウェルが死んじまうだろ!?」
「殺すんだよ。こいつ本当に邪魔。退屈しのぎの玩具 のくせに、ヴェルに手を出しすぎたね」
「ヌェーヴェルは····がはっ······お前らの、ものじゃ、ない····──」
そう言ってノウェルは気を失ってしまった。
ノーヴァの荒々しさに、ヴァニルは呆れ顔をしつつも怒っているのが見てとれた。
俺は、普段よりも容赦無く力を見せつけるノーヴァに、ただ怯え固まることしかできなかった。足がすくんで、倒れたノウェルに駆け寄ることさえできなかった俺は、ただのクズだ。
騒ぎを聞きつけ、誰かが部屋へ向かってくる。ドタバタと騒々しい足音が聞こえる。どうにかしなければならないのに頭が回らない。
気がつくと、ヴァニルに抱えられ、窓から飛び立っていた。ノーヴァは、ノウェルを抱えてついてきている。
俺は、首筋の辺りに熱い痛みを感じてから、ボーッとしていたようで、それ以外の事は憶えていない。
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