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第14話 ボヌルシオン
気がつくと、2人と出会った王魔団の廃城に居た。
カビ臭くジメッとしていて、相変わらず嫌な雰囲気だ。なんとなく気分が悪い。そりゃ、この環境じゃ仕方ないか。
ここに来たのは、あの肝試し以来だ。あの時は、こんなにゴタゴタするとは思わなかった。アイツらと出会わないほうが良かったのだろうか。などと、不毛な事を考えている場合ではない。
どちらにしても、ノウェルと宜しくなる気は無い。アイツら2人とだって、添い遂げるわけではないのだ。奴らに応えてしまえば、家督を継ぐことができなくなってしまうのだから。
なんにせよ、ノウェルとの関係は修復が難しいだろう。そもそも、今更ヴァニルとノーヴァが、ノウェルと俺が宜しくやるのを認めるとも思えない。となると、これまでのように馬鹿な事を言い合ったりはできないのだろうな。そう思うと、少し寂しい気もする。
全てが上手く進まない。バカ2人に出会わなけりゃ、俺は快楽に堕ちることもなかっただろうし、今頃童貞を卒業できていたかもしれない。
いかん、また不毛な考えが巡っていた。そう言えば、今は何時なのだろう。あれからどのくらい寝たんだ? まだ、外は真っ暗だが····。
辺りを見回すと、少し離れた所にノウェルが転がっていた。きっと、ノーヴァに雑な扱われ方をしたのだろう。
ところで、あの2人は何処だ。不安に駆られ、かろうじて部屋と呼べる区画から出てみる。いくつも元 部屋らしき区切りがあり、その一画にヴァニルが居た。
「おや。目が覚めましたか。おはようございます、ヌェーヴェル」
「ヴァニル! お前何考えてんだよ。こんな所に連れてきてどうするつもりだ!?」
「ええ、実は····このまま此処で暮らそうかと思いまして」
「······はぁ!? 馬鹿かお前。俺は帰る」
「そうはさせません。ノーヴァ」
ヴァニルが呼びつけると、奥の部屋からノーヴァが現れた。短い鎖のついた首輪のようなものを着けている。
「おい、ノーヴァのアレ何だよ」
「アレは、保護者にのみ許される特権です。念の為、一時的に能力を抑えているんです。ノーヴァは、吸血鬼としての能力だけで言うと、私よりも格上ですので。また暴走すると、止めるのが手間なのですよ」
「お前、何か怒ってる?」
「ええまぁ、はい。とりあえず、私は今までの自分の甘さに反吐が出そうなんです。ですから、開き直って本性を現してしまおうかと思ったんですよ。欲しいものは手に入れて、邪魔なものは排除する。それこそが、我々の本来の在り方なので」
「な、なんだよそれ。勝手すぎんだろ! もういいから屋敷まで連れてけよ!」
「それはできませんね。私もノーヴァも、貴方が欲しいのです。もう誰にも手出しさせません。ノウェルには、ここで死んでもらいます」
聞き間違いではない。確かに俺 の 血 ではなく、俺 が欲しいと言った。この沸き立つような感情は何なのだろうか。
いや待て。ノウェルを殺すとはどういう事だ。まさか、本気なのか?
俺が反応に惑い硬直していると、ヴァニルは溜息を漏らした。
「そんなに悲しそうな顔をしないでください。ノウェルが居なくなるのは嫌ですか?」
「い、嫌に決まってんだろ!」
ノウェルが殺されてしまうのを、容認するわけがないだろう。そんなこと、ヴァニルだってわかっているくせに。····何かを試されているのだろうか。
「そうですか。なら、仕方ありませんね····」
ヴァニルが指を鳴らすと、ノーヴァの首輪が弾け飛んだ。首輪が外れても、ノーヴァは力を暴走させることはなかった。
ノーヴァは、無表情で冷たい瞳を此方 に向けながら、つかつかと真っ直ぐ歩み寄って来る。
「なっ、なんなんだよ」
「動くな。ようやく見つけた慕人 。その頸 に我らが刻印 を。沸き立つ紅き血と醜猥な念望 を刻め」
紅黒の瞳に縛りつけられているかの如く、俺の意思では瞬きさえできない。
「ヌェーヴェル、貴方に選ばせてあげます。私とノーヴァ、どちらと契約しますか?」
「はぁ?」
「どちらの血が欲しいですか?」
「どういう事だよ。お前らの血なんか欲しくねぇよ。俺は人間だ! 飲むわけねぇだろ!?」
「そうではありません。今から吸血鬼になっていただきます。飲んでもらう訳では無いので安心してください。強制的に傷口から流し込みます。言わば感染のようなものだと思っていただければ、幾分か解りやすいかと」
「······は?」
「貴方が吸血鬼になれば死なないし、今より血も吸い放題です。同族の血はあまり栄養価がありませんが、元人間の貴方の血なら幾分かはマシでしょう。その分、多く吸って犯すことになりますが。何よりも、永遠に一緒に居られますしね。そして、遠慮なく犯せる。簡単な話だったんですよ。初めからこうしていれば良かったんです」
ヴァニルは夕餉の献立を相談するかのように、つらつらと笑顔で並べ立てた。
「いや、いやいやいや。俺、吸血鬼にならねぇよ? 何言ってんだよ」
「選べ、ヴェル。いつまでもヴァニルと共有はできないんだ」
「何のルールだよ。俺は····選べねぇよ。お前らと3人で居るのは案外張合いもあったしさ、なぁ、その····わかるだろ?」
「それじゃダメなんだよ。ボクかヴァニル、どちらか選んでくれないとダメなんだ」
「何でだよ?」
「吸血鬼というのは存外一途で純情なのです。こと、恋慕う相手に対しては。私からも頼みます。どちらか選んでください」
2人して俺に迫る。ヴァニルは首筋を厭らしく撫で、ノーヴァは俺の頬を包む。2人の牙が月明かりで煌めく。これから牙を首筋に宛てがわれるのは、血を啜る為ではなく傷口から吸血鬼の血を流し込む為だ。
しかし、どちらかを選ぶ。そんなこと······。
「お前がボクを愛せるかどうかだよ。無理ならヴァニルを選べばいい。まやかしの愛なんてまっぴらだからね」
「俺がノーヴァを····」
無理だ。申し訳ないが、俺はきっとノーヴァを愛せない。かと言って、ヴァニルを想っているのかと問われれば、そうだとは言えないままだ。
2人の気持ちを知ってからというもの、ヴァニルを思い出しては身体に熱が籠ったような、もどかしい夜を過ごしたこともある。身体がもう、ヴァニルを求めるように躾られている。こんな事断じて認めたくはないが、俺の身体は見事に飼い慣らされてしまったようだ。
だが、ノーヴァに情がないわけではない。正直、ノーヴァの我儘さえ可愛いと思うし、大人の姿はヴァニルに引けを取らないくらい好みだ。
「ごめん。本当に選べない。まだ、お前らと3人で居たい。俺が吸血鬼になるのは、いや絶対になるとは約束できないが····、もっと後じゃダメか?」
ヴァニルとノーヴァは顔を見合わせる。2人は、呆れた顔をして溜め息を吐いた。
「わかった。もう少しだけ我慢してあげる。ヴァニルと2人でヴェルの相手をするのも楽しいしね。その代わり、この間話してたローズの所にボクを置いてよ」
「お前らをいっぺんに相手したら本当にいつか死んでしま····え、なんでローズの所に?」
「······薔薇、好きなんだよ。お前のわがままに付き合う条件だ」
ノーヴァは頬を赤くして言った。ノーヴァが花に興味を持っていたなんて意外だ。
「ノーヴァは薔薇が好きなのです。ノーヴァのおくるみに薔薇の刺繍があったのですよ。それはそれは美しく、それをノーヴァは後生大事にとってあるんです。ご両親の唯一の形見ですから」
「そう····だったのか。わかった。そうできるようにするよ。ずっとそれ言いたかったのか?」
「そうだよ。お前が、ノウェルと同じ薔薇の匂いをプンプンさせて帰る度、気になってたんだ」
ノーヴァをローズに紹介するだけで、この関係に猶予ができたと思えば安いもんだ。
「それにしても····。ヌェーヴェルが我々をそんなに気に入っていたなんて、嬉しい限りですね」
「それは····きっと身体だけだ」
「····わかってますよ」
ヴァニルは不服そうな面をしている。
「その、なんだ····、我儘言って悪いな。俺はお前に抱き潰されるのが、その····好きだから····」
「わかってますよ。たとえ身体だけだとしも、貴方は私を求めてる。私は、貴方が腕の中で快楽に表情 を歪めるのを見れれば良い。今はそれだけで······」
「お前、やっぱ変態だな。ほんっとブレねぇな」
「まったく····。ですが、これからもヌェーヴェルを抱き潰すのは、私だけがいいです」
「は? 何勝手な事言ってんの? これからは、ボクも遠慮なくヴェルを抱き潰すよ。なんでお前だけが許されてると思ってんの?」
ヴァニルとノーヴァのくだらない言い合いになど、付き合っていられない。
「どうでもいいが、ノウェルはどうするんだ」
「あぁ、あの人は手に負えませんね。いっそ、取り込んでしまえば良いんじゃないでしょうか」
「取り込むって? アイツも混ざるって事?」
「ヌェーヴェルが、ノウェルを殺すのを嫌がるから仕方ないでしょう。安心してください。私に良い考えがあるんです」
そう言って、ドヤ顔で俺たちに折衷案を披露してくれた。これがクソみたいな案で、俺は呆れてしまった。
「要するに、ノウェルを含めた4人で楽しむって事だな?」
「そうです。彼にもそっちの才能があるんです! 本当にヌェーヴェルそっくりだ。ノウェルとヌェーヴェルで分担すれば、ヌェーヴェルが死にかける事もないでしょうし。どうです?」
ヴァニルの揺るぎない変態ぶりに、思わず笑ってしまった。だが、そんなアホみたいな提案飲めるわけがない。
「僕だって、ヌェーヴェルを抱きたい····」
俺たちは、突然後ろから聞こえた声に驚き、首がねじ切れそうな勢いで振り向く。
そこには、目を覚ましたノウェルが、壁に隠れて顔だけひょこっと出していた。怯えているのか、そこから此方へは近づいてこない。
「ノウェル、目が覚めたのか。体は大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ヌェーヴェル。その····すまなかった。ご婦人方にしこたま酒を注がれて、理性が飛んでいたようなんだ」
「そんなこったろうと思ってたよ。別に怒ってないから、お前もこっちへ来い」
ノウェルはノーヴァをチラッと見て、警戒しながら寄ってきて俺の隣に座った。
「で、お前も俺を抱きたいって何だ」
「そのままの意味さ」
「でしたら、私がノウェルに挿れている間だけ、ヌェーヴェルに収まっても良いというのはいかがでしょう」
「「······はぁ?」」
俺とノウェルは、ヴァニルのふざけた提案に度肝を抜かれた。
「それいいね。もう張り合ってんの疲れたよ。ヴェルが居て、気持ち良くなれるんなら何でもいいや」
「なんでそんな投げやりなんだよ。ふざけんなよ? そんなのただの乱交じゃねぇか。お前らの言う、愛だの恋だのはどこ行ったんだよ」
「ぶっちゃけ、私達の気持ちは全てヌェーヴェルに向いているのです。それを貴方1人で受け入れるつもりですか? 私1人に抱き潰されてしまう貴方が?」
「うっ····それは······」
悔しいが、何も言い返せない。それに関しては、ヴァニルの言う通りだ。
「ちょうど、ノウェルも私に馴染んできてますし、ヌェーヴェル程でなくとも、そっちの具合は良いのです。ヌェーヴェルに吸血鬼になる覚悟ができるまで、私達らしく欲に塗れて楽しめばいいじゃないですか」
俺たちは、ぐうの音も出ずに提案を受け入れた。だが、大きな問題がひとつ残る。無視できないそれは、どうするつもりなのだろうか····。
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