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第19話 嫁取り
快楽にしか興味のない吸血鬼共。奴らとの乱れた関係に休止符を打つべく、俺は嫁を探すことにした。
早速、親父に嫁を探すと言ったら、適当に見繕ったと候補のリストを渡された。どれも、名家の令嬢ばかりだ。名と権力にしか興味がないような女ばかりなのだろうな。
そう思うとウンザリするが、きっと1人くらい俺自身を好いてくれる女がいるはずだ。理想は捨てきれん。できれば、相思相愛となりたいのが本音だ。だが、この際欲ばかりを優先はさせられん。
俺は、数人を見合いの候補としてチェックし、親父にリストを返却した。親父に鼻で笑われたのは癪に触ったが、跡を継ぐ準備の為だと思いグッと堪えた。
見合い当日。
ダメだと言ったのに、朝方までヴァニルに犯されていた。その所為で腰がめちゃくちゃ痛いのだが、それしきの事で倒れているわけにはいかんのだ。
俺は腰とケツの痛みに耐え、長々と喋る親父と相手方の母親に愛想笑いを返す。互いの紹介を終えると、俺は見合い相手と2人きりにされた。
1人目の候補者は、政治関係のお偉いオッサンの令嬢だったはず。名は確か····ジョジュリーン。見た目はかなり美しいが、どうにも所作が気に入らない。きっと、普段はステーキも自分で切らないのだろう。そういう感じだ。
当たり障りのない話をしてくるので、適当に返事を返した。よく喋るこの女は、家の自慢話とヴァールス家の話ばかりだ。俺に興味が無いことなど、話し始めて数分で悟った。
「ヌェーヴェル様は、ご兄妹とは仲がよろしいのですか?」
「ええまぁ、それなりに。すぐ下の弟と末の妹は、僕に懐いていて可愛いですね。つい甘やかしてしまって」
「そうなのですね。是非一度、お会いしてみたいですわ」
「はは。そうですね、是非一度····」
最後は兄妹仲の確認····。結局、俺個人についての質問などひとつも無かった。
きっと、残りの候補たちも似たり寄ったりなのだろう。そう思うと、流石に心が折れそうになった。
俺だって人並みに夢を見ていたんだ。いつかフワフワした愛らしい女性に愛されたいと願っていた。なのに、どうも女と出会う事に胸が高鳴らない。
ろくな女に出会えないのともう一つ、厄介な原因は思い当たっている。きっと、アイツらに懐柔されてきている所為なのだろう。
案の定、ジョジュリーンの後の女も、全員同じ様な感じだった。誰一人として、俺自体にはさらさら興味が無いのだ。どいつもこいつも“ヴァールス家”と結婚したがっている。
園庭のベンチにだらけて座り、鳥たちのさえずりに心を癒されていた。すると、背後からヴァニルが俺を覗き込んだ。
「おわぁぁっ!!? なっ、ヴァッ、ヴァニルか······驚いたじゃないか!」
「すみません。あまりに堂々と間抜け面を晒していたので、少し引き締めて差し上げようかと」
「そ、そんなに抜けた顔をしてたか? ····まぁ、少し心が悲鳴をあげててな。俺に欠片も興味を示さない女との見合いが、野望を差し置いてまで嫌になってきた」
「貴方は本当に女運がないというか····。めげずに希望を探すのは勝手ですけど、そんなに焦らなくてもいいんじゃないですか? まだ若いんですし」
しれっと隣に座り、さりげなく腰を抱く。こんな所、人に見られでもしたら言い訳がつかん。なのに、今はこいつに触れられているのが心地良いと思ってしまう。
「お前に若いって言われると、子供扱いされてるみたいで腹が立つな」
「まぁ、私からすれば人間なんて、老人と言えども子供のようなものですからね。ヌェーヴェルなんてまだまだひよっ子ですよ」
「そのひよっ子相手に変態かましてんじゃねぇよ····。は~ぁ流石、300超えてるジジイは年季が違うな」
「喧嘩売ってます? あ、そうだ。こんなしょうもない話をする為に来たんじゃないんですよ」
「どうした。何か問題でもあったのか?」
ヴァニルは深刻そうな顔をして、振り出しにもどるような事を聞いてきた。
「ヌェーヴェルは嫁を迎えたら、私達との関係を終わらせるつもりですか?」
「あぁ····その事か。一時的に中断って感じだな」
「終了ではなく中断ですか。ご希望の期間は?」
終了ではないとわかりホッとしたのか、中断と聞いて腹を立てたのか。あるいはその両方か。複雑そうな表情をしている。
「これは俺の我儘なんだが····、俺が吸血鬼になるって話も併せてな。俺の子供が独り立ちしてからとかでもいいか? 子供ができたら、それに対しての責任は果たさにゃならんだろ。いい加減な事はしたくないんだ」
「ハァ~~~······。嫁だ何だって言い出した時から、そんな事だろうとは思ってましたよ。追い出されると思っていたので、そこは安心しましたが。貴方らしいと言うか何と言うか····。それでいくと、20年は待てって事ですね?」
「順調にいけば、そんなもんだな」
ヴァニルは項垂れて、俺をキッと睨んで言う。
「20年も私達に飢えていろと? そんなに待てるわけないでしょう。まったく····。自分の人生を謳歌してから、第2の生を歩もうって魂胆ですか。本当に我儘ですね」
ヴァニルが怒りつつも呆れている。そりゃそうだ。身勝手極まりない事を言っている自覚くらいある。
ノーヴァに言ったら、きっと蔑むような目で見られるのだろう。ノウェルは何十年でも待っていそうだが。
「別にいいだろ? 吸血鬼になったら死なねぇんだよな。そしたら、ずっと一緒に居られるだろ。たかだか20年やそこらでグチグチ言うなよ。それにどうせなら、人間として満喫してからにしたいんだよ」
「ノーヴァ達が聞いたら何と言うか····。と言うか貴方、吸血鬼になる気ではいるんですね。ようやく素直になって観念したと言うところですか。まぁ、それ以前の話ですよ。本当に女を抱けなかったらどうするんです? 嫁を貰っても意味が無いでしょう」
「だ、抱けるし······」
ヴァニルはあからさまに不機嫌そうな顔をする。イケメンのそれは無駄に怖い。
「チッ······貴方がそれで満足するなら好きにすればいいですよ。ですが、たとえ嫁ができても食事は継続してもらいますよ」
こいつ、舌打ちしやがった。めちゃくちゃ怒ってんじゃねぇか。言葉通り好きにしたら、尋常ではないくらい後が怖そうだな。
「それだけどな、中断してる期間だけ人工血液じゃダメか?」
「····あぁ? ダメですよ。ヴァールス家を狩り尽くしましょうか?」
ヴァニルが俺をキツく睨む。今一瞬、素でキレただろ。これは、本気でダメなやつだ。流石に調子に乗り過ぎたかもしれない。
「シャレになんねぇって····。わかったよ。なら吸血だけは──」
ヴァニルは俺の後ろ髪を鷲掴むと、大きく見開いた目で見つめながら、ポツリポツリと言葉を刺してきた。
「念の為はっきり伝えておきますが。私は、貴方が他の誰かを愛するなんて嫌なんですよ。どれほどの衝動を抑え耐えているか····。ましてや、貴方の子なんて見たくもない。なんなら、嫁をくびり殺してやりましょうか?」
そう言ったヴァニルの顔は、怒りつつもとても哀しそうだった。申し訳ない気持ちと共に、こいつを裏切ってしまうような罪悪感が湧き上がった。おかげで、いつもの憎まれ口も叩けない。
何もかもがどうでもよくなって、ただヴァニルにこんな顔をさせたくないと思うだけだった。本心の知れない女よりも、俺に関心を持たない女よりも、俺を求めてくれるこいつらと生きるほうが幸せなのかもしれない。そう思わざるを得なかった。
「嫁、そんなに嫌か?」
ヴァニルの頬を指で撫でながら問う。俺から触れるなんて、随分心が参っているようだ。
俺に触れられた事に驚いたのか、優しい目に戻ったヴァニルは俺の手を握って言った。
「嫌ですよ。貴方ねぇ、慕う相手が他の誰かに奪われるのを、指を咥えて見ていられるんですか?」
「そんな事····できるわけ、ない······よな」
俺は自分の事ばかり考えて、こいつらの気持ちを軽んじていた。今更だが、己の身勝手さに辟易する。
「悪かった。俺は親父への復讐ばかり考えて、跡を継ぐ事に固執していた。何より、お前たちの気持ちに甘えて蔑ろにして、俺が1番なりたくない人間になっていた」
心の底から詫びたかった。俺自身が過ちを認め詫びたからとて、こいつらを傷つけた事実は変わりはしない。だから、これから誠意を持って向き合う事で償おう。
ヴァニルは俺の言葉を聞いて、呆れた顔で『フゥ··』と小さく溜め息を吐いた。そして、俺を諭すように話し始めた。
「貴方は頑固だし、こうと決めたら一直線ですからね。貴方のそういう実直さは良い所ですが、視野が狭まってしまうのは良くないですね」
「そうだな。ノーヴァとノウェルにも謝らないとな」
「随分素直ですねぇ。謝るのはいいですけど、嫁探しはどうするんです。続行するんですか?」
俺は、文字通り頭を抱えた。親父を巻き込んだ手前、そう易々とやめるとは言えない。先延ばしにするか、あわよくば白紙に戻す手段をどうにか探さなければ。
しかし、嫁探しをやめるということは、後継問題がまた浮上するという事だ。さらに、実質こいつらの好意を受け入れるという事になるんだよな。
俺はどうしたらいいんだ。何をどうするのが正解なのだ。しばらく俺は、抱えた頭を離すことができなかった。
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