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第25話 黙って聞いてろ

 約束の夜。俺の部屋に全員集まった。 「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」  俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。魚か。  そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き出した。 「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····。ノウェルさんだけは渡さねぇぞ!!」 「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」  俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。 「······クソッ!!」  なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”に気づいた時点で、俺の中で結論は出ていたのだ。結論が出ているものに思い悩むのは性に合わない。 「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気づいたんだ」 「症状ってヴェル····、病気か何かだと思ってたの?」  ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。   「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃないだろう」 「そう····だね? 人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間ってこんな感じなの?」 「そんな事はない。ヌェーヴェルは、特殊な環境で育ったからかもしれないね」 「環境の所為だけじゃないだろ····」 「イェール、何か言ったか?」 「····ふんっ」 「まぁまぁヌェーヴェル、大目に見てあげなよ。そうだなぁ····学院生の頃から、ヌェーヴェルはその手の話には疎かったかな。皆、ヌェーヴェルの容姿や家柄で寄ってくる子ばかりだったものね」 「ろくな女がいなかったな。ニヤけた面で媚びを売ってくるジジババと変わらん奴ばかりだった。好きだのなんだのって、そんな感情が芽生える以前の問題だ」  俺は、幼少の頃からの色々を思い出して胸くそが悪くなった。それを察したのか、ノーヴァが四つ這いでやってきて、ベッドに腰掛けていた俺を下から覗き込んできた。 「ヴェルは顔だけじゃないのにねぇ」 「なんだよ。そんな慰め要らねぇよ」 「ヌェーヴェルは、私達が居ないと寂しくて泣いてしまうんですよね」 「はぁ!? 泣かねぇよ」 「ヌェーヴェル、僕は君がどんな決断をしようと、君から離れない決心をしたよ。生涯、こいつらと君を奪い合うさ」 「そうですね。ヌェーヴェルが私達をまとめて欲するなら、それは受けて立ちますよ。けど、仲良く貴方を共有するつもりはありませんからね」 「ボクたちはそれぞれ、全力でヴェルを堕としにかかるよ。覚悟できてんの?」 「お前ら、仲良くできないのか」 「できるわけないでしょ。ヤッてる時だけは、皆で仲良くヴェルを潰すけどね。それでも、結局取り合いになると思うよ」 「今日だけは、優しく抱いてあげますけどね。約束ですから」  ヴァニルがやらしい視線をこちらに向ける。馬車での事を思い出させるのだ。 「そうだ。なんで急に、優しくシてほしいとか言い出したの?」  と、ノーヴァが聞いてきたので、ヴァニルにしたのと同じ説明をした。ノーヴァとイェールにはバカにされ笑われたが、ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしていた。 「ヌェーヴェルには、僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」 「ボクだってできるよ。人間の事はローズに教えてもらったからね」 「こら。人の母上を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」  やはりノーヴァは、まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。 「ちぇー····。人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」 「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」  知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。 「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」 「ねぇ、ヌェーヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」  究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか。····と、正直に言うと図に乗るのだろう。 「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」 「それぞれ遠慮してるでしょ。“不死の吸血”の約束は守っていますよ」 「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールは、ノウェルの血を飲むのか?」 「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるね。嫌かい?」 「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやるよ」 「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって、余裕じゃないか」 「あぁ、余裕だな。ノウェルがお前に靡く事なんてないだろうからな。こいつの執着っぷりを知らないだろう」  イェールは悔しそうな顔で唇を噛み締めた。我ながら、大人げないとは思う。だが、イェールと話すと煽りたくて仕方がなくなるのだ。 「執着だなんて酷い言われようだなぁ。愛の深さだよ」 「愛の深さ······。ぶふっ····。こうなる前はすんっごい拗らせてたもんねぇ、ノウェルは」 「うっ、煩い! お前らがヌェーヴェルを夜毎陵辱していたのが悪いんだろ。僕の可愛いヌェーヴェルが、日に日に艶やかになっていくのを、ただ見ている事しかできない日々がどれほど辛かったか····」 「俺は可愛くない。お前の拗らせぶりには、俺も困ってたぞ。あの頃は、お前の気持ちに応えられるなんて思ってなかったからな」 「ヌェーヴェルは可愛いですよ。いい加減諦めてください。ところで、イェールは今後どうするのですか? 現状維持という事でいいんですか?」 「いいんじゃないか? ノウェルとイェールがそれでいいなら」  イェールは巻き込んでしまったようなものだから、突然『はい、さようなら』というわけにもいかないだろう。不本意だが、このままずっと、ずるずるこんな関係が続いていそうな気がする。 「なんだか、凄い関係性になってしまったね。イェール、正直に言うけれど、僕は君を利用していただけだよ? ヌェーヴェルと愛を交わすためだけに」 「わかってますよ。それでも、貴方に触れられるのなら、それでも構わないと思ってました」 「君は素直で良い子だね。僕なんかじゃなく、君を大切に想ってくれる相手を探そうとは思わないのかい?」 「思いませんね。オレは、ノウェルさんに想ってもらいたいので」 「吸血鬼っつぅのは、ホントに一途というか、我が強いわ欲に忠実だわ。手に負えねぇな」 「お前がそれ言うの? ヘタしたら、ヴェルが1番我儘だし欲深いよ」 「そりゃまぁ、俺だしな。それくらいの気概がないと、ヴァールスの名を継ごうなんて思わねぇだろ」 「貴方、もしかしてまだ継ぐ気なんですか? てっきり、私たちを選んだ時点で諦めたものとばかり····」 「諦めてたまるかよ。嫁の件は親父に上手く言って白紙に戻した。子供の事は追々考える」 「そういえば、よくパパさんを言いくるめられたね。なんて言ったの?」 「····内緒だ」  うまい言い訳が思い浮かばず、素直に『好きな人ができたから見合いは無かったことにしたい』なんて、子供の駄々みたいな理由を告げただなんて言えるか。しかし、あの親父がよくそれで許してくれたなと思う。  正直、もう出家覚悟で言ったのだ。それだけは、絶対にこいつらにはバレないようにしなければ。 「貴方が言いたくないなら聞きません。私達を優先してくれた事実だけで充分です」 「そうだね。まぁ、ボクは暇だし、我儘坊やの復讐手伝ってあげてもいいよ」 「私も、協力はしますよ」 「あぁ····、頼りにしてるよ。て言うか、誰が我儘坊やだ。それやめろよ」  ノーヴァとヴァニルに手伝ってもらえば、赤子の手をひねるように簡単に親父を屈服させられるだろう。勿論、物理的に。ヴァニルの場合、容赦なく精神的にも社会的にも殺ってしまいそうだ。  それなのになんだ、この漠然とした不安は。この2人の際限のなさ故だろうか。あまり関わって欲しくないのが正直なところだ。 「あの、ちょっといいですか。ヌェーヴェルさんに聞きたいんですけど」 「なんだ、イェール」 「その復讐ってのを達成したら、アンタは吸血鬼になるんですか?」 「······あぁ、たぶん」 「たぶんて····。アンタさ、誰と契約するか決めれんの? 契約は1人としかできないでしょ。そうですよね、ヴァニルさん」 「そうですね。そこは1人に決めてもらわないと、ヌェーヴェルを吸血鬼にする事はできませんね」 「そうなのか。だったら、そん時だけはちゃんと1人選ぶわ。もう、そんな先の話はいいだろ。その時の俺の気持ちなんて、今の俺にはわからんからな」 「まぁ、不毛な話ですね。それなら、そろそろヌェーヴェルを優しく抱いてあげましょうか」  ヴァニルが俺の背筋を指でなぞった所為で、ゾクゾクと快感が走った。   「そうだね。今日はとびっきり甘~く抱いて欲しいんだよね?」 「そこまでは言ってねぇ」 「オレはノウェルさんを抱くが、いいのか?」  俺が答えを一瞬惑うと、ヴァニルが代わりに答えた。   「好きにすればいいですよ。後はもう、貴方とノウェルの問題ですから」 「僕はもう、ヴァニルとノーヴァに遠慮せずヌェーヴェルを抱くよ。だから、イェールに抱かれる理由はない」 「は····? いや、まぁそうなりますよね。······嫌だ。ノウェルさんが、自分からオレの身体を求めるように仕込んであげますよ。ヌェーヴェルさんを抱く余裕なんてなくしてやる」  必死なイェールはノウェルにキスを迫り、蕩けたところで押し倒した。敏感な所を責められたノウェルは、まんまとイェールのペースに飲まれたのだった。  俺はノーヴァに深く甘いキスをされながら、ヴァニルにケツを弄られる。これから漸く、甘い一夜が始まるのだ。

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