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第28話 事件は闇に
ウトウトしながら、1人で心細く留守番をしていた深夜3時頃。内側から板を打ち付けていた扉が、物凄い轟音と共に蹴破られた。
驚きすぎて声も出ず、座っていた椅子から転げ落ちた。慌てて体勢を整え、物陰から様子を窺う。
扉を蹴破ったのはタユエルで、どうやら獲物を捕まえて戻ったようだ。タユエルの後ろで、ヴァニルが縛り上げて繋いだそいつを引き摺っていた。
「そ、そいつが犯人か?」
「あぁ。····なんだヴェル、んなトコに隠れて。ははは、チビってねぇか?」
「チビってねぇよ! それより、やはり吸血鬼だったのか?」
「子孫だな。純血じゃねぇ。けど、覚醒しちまってる」
どうやら、会話はできそうにない。涎が垂れ流しで、牙も仕舞えないらしい。極めつけは、紅黒に染まった瞳。以前のノウェルが、これの一歩手前の状態だった。だから、俺は焦ったのだ。
ここまでキてしまっては、奇跡でも起きない限り正常に戻ることはない。殺処分という形を取らざるを得ない。
墓穴を掘り、そこに縛った状態で寝かせる。杭で心臓を貫き、地面深くまで打ち込む。
十字架と弾丸をモチーフにしたヴァールスの家紋。それを銀の糸で刺繍した布を被せてから埋める。
「少年達は、よく殺されなかったな」
「ヌェーヴェル、それは理性が残っていた訳ではなく、こいつの性癖だったんだと思いますよ」
「俺もそう思う。あんま気にすんな」
「あぁ。にしても····こんな家紋で、よく吸血鬼と関係を結んでいるな」
「まぁ····、悪趣味ですよね」
「これなぁ、俺ら側からヴァールスに頼んだらしいぞ」
そんな話、聞いたことがない。タユエルによると、人間と吸血鬼が争うより少し前の話らしい。ヴァールスの名を継ぐ者にしか語られない話なのだとか。
その昔、ヴァールスの女と吸血鬼の男が恋に落ちた。しかし、種族の違いから結ばれることはなかった。
互いに家庭を持ち、女が随分と歳をとったある日。昔と変わらぬ姿の男を街で見掛ける。女はすぐに男に気づいたが、男は女に気づかなかった。
これ幸いと、女は踵を返し逃げ出す。女は、醜く枯れた己を見られたくなかったのだ。しかし、男も女に気づいてしまった。恋に焦がれていた頃に贈られた首飾りを、女は後生大事に身につけていたのだ。
男は女を追った。女はあっさりと捕まり、男に詰め寄られる。そして、仕舞った筈の想いが溢れた。
男と女は一夜限りと、恋人だった頃に戻る。それは、人間と吸血鬼の争いが激しさを増した日だった。
その日、人間を襲ったとして複数の吸血鬼が処刑された。実際は動物に襲われただけだったのだが、人間はこれまでの残虐な殺人に耐えかねて罪をでっちあげたのだ。
事実、吸血鬼に襲われる人間は絶えなかった。しかし、これに報復を決めた吸血鬼が、侵攻をあぐねいていた軍を始動させた。
戦いが始まれば、人間が吸血鬼に勝てる道理などない。しかし、そこが人間の汚い所だ。あの手この手で吸血鬼を騙し、倫理などクソ喰らえと吸血鬼もドン引きの狡 い戦法で勝利をおさめたのだとか。
古い文献には、人間が気合いと根性と団結力で勝ったなんて、綺麗事ばかりが並べ綴られている。だが、実際はタユエルもトラウマものの凄惨な戦争だったらしい。
そんな戦争が苛烈を極める前。男と女は、種族を超えて愛を確かめ合った。夢中になった男は女の血を求め、吸い殺してしまうすんでのところで我に返る。
男は、女を知り合いの医者の元へ連れてゆく。そこで、ヴァールスの血が特別であると医者に告げられる。
男は、この血のもたらす恩恵を容易に想像できた。そこで、女にある頼み事をした。
吸血鬼が人間に滅ぼされる日が来た時を想定したものだった。生き残りの同胞をヴァールスで保護する事。そして、暴走した者を処分する事。
その約束を、家紋に込めたのだと言う。
「なぁ、その男の正体って····」
「我らが王、アルノダルフ様のご子息、ファブリウス様だ。先の戦争で前線に立たれて亡くなったがな」
ヴァールス家が吸血鬼の王族とデキてたなんて····。なるほど、吸血鬼の待遇が良い事にも得心がいった。政府から吸血鬼に関して一任されているのも、そういう事情が背景にあるからなのだろう。
今現在、この戦争の真実を知る者は数少ない。吸血鬼の存在など、お伽噺だと信じている人間のほうが多い。
純血の吸血鬼など、ヴァールス家で管理している分だと20人もいない。混血ならまだ多くいるが、その血の正体を知らずに監視されているものが殆どだ。
当然、血が薄まるほど、人間との差異はなくなってくる。ノウェルはハーフなので血の能力は濃い。イェールは8分の1くらいだったか。それでも、恋によって覚醒したのだ。薄まったからとて侮れん。
粗方の処理を終え、俺は今回の件についてタユエルから聴取する。
暴走した吸血鬼には見覚えがあり、以前は人間として生活していたと言う。ところがここ数ヶ月は、どうも様子がおかしかったらしい。虚ろな目をして、拘束具を数点買いに来た事があったそうだ。
それから暫く経った、数日前の早朝。少年が1人、今回と同じ様な状態で店の前で倒れていた。それを保護して、秘密裏に医者に見せた。確証はなかったのだろうが、吸血鬼の仕業だと分かり庇いたかったのだろう。
しかし、医者からヴァールス家に話が伝わり、俺に任が下ったのだ。
俺が訪ねた時、タユエルは少年の血にアテられていた。なのに俺を襲わないよう、必死に理性を保っていたらしい。それは、調書には書かないでおこう。
「俺たちは、少年達の容態を確認して、聴取もせにゃならん。タユエル、今回の件は不問にする。だが、また同じような事があれば、お前とて処罰することになる。報告、ちゃんとしろよ」
「わーったよ」
「大事にしたくないなら、直接俺に報告してこい。それくらいの面倒は見れる」
「へいへい。頼りになる坊ちゃんだねぇ。デカくなりやがって」
タユエルは俺の頭をグリグリと撫で回し、嬉しそうな面で俺達を見送った。俺の頭を撫でて褒めるなんて、母さんが居ない今ではタユエルくらいのものだ。まぁ、悪い気はしないが、まだまだガキ扱いされているようで悔しさも否めない。
俺とヴァニルは、病院で少年達に話を聞く。皆、一様に記憶が欠落していた。だが、最初の被害者だけは、吸血鬼と出会った時の事を覚えていた。
少年は森で遊んだ帰り、友人とはぐれてしまった。森をさ迷っているうちに夜になり、何かに誘われるように廃墟に辿り着いた。
レンガ造りの小屋の様な小さな家。中から微かに歌声が聴こえた。恐る恐る覗くと、ロッキングチェアに座った美しい男が、綺麗な歌を唄っているのが見えた。
男は少年に気づき、家に招き入れた。そして、首に噛み付かれた所で記憶は途切れた。
結局、吸血鬼が何をしたかったのかも、動機も覚醒したきっかけもわからず終いだ。また親父にネチネチ嫌味を言われるのだろう。
しかし、これにて調査は終了とする。傷も癒えない少年達に、これ以上覚えてもいない事を聞くのは酷というものだ。
屋敷に戻り、親父に報告書を出す。案の定、根本的解決に結びついていないだの、タユエルの処分が甘いだの、ネチネチネチネチと小言を言われた。
俺は気分が晴れず、誰かと散歩にでも行こうと探したが、誰も居なかった。仕方がないので、1人で庭を散策する。
池の横にある東屋で、水面に浮かぶ月を眺めていた。すると、その月の上にノーヴァが降り立った。
「どこ行ってたんだよ」
「ロワールシャトーの改装」
「お前、あんまあそこ弄るなよ。ヴァニルの所為で話題になってんだぞ」
そうなのだ。ヴァニルが魔法で綺麗にしたものだから、近隣の街では神の加護だとか悪魔の所業だとか噂になっている。
「弄ってるのは中だけだよ。イェールとノウェルがまだやってる。まぁ、ナニをヤッてるかは知らないけどね」
子供の顔で、エロ親父みたいな表情 をするノーヴァが心底憎たらしい。可愛げなんて、とうに失くしてしまったようだ。本当に残念なんだよな。
「で、ヴァニルは?」
「知らない。ヴェルと一緒じゃなかったの?」
「あいつ、帰ってくるなり何処かに飛んで行ったぞ」
「そうなんだ。ヴェルはこんな所で何してたの?」
「あぁ····。散歩でもしようと思ってな」
親父から受けた口撃と、事件の後味の悪さを話した。誰も居なかった所為で、夜空を散歩できなかったなんて愚痴を添えると、大人の姿になったノーヴァが俺を抱えて飛び上がった。
「ぉわぁぁぁぁ!! 急に飛ぶなよ! 吃驚するだろ!」
「あはは。ごめんごめん。ワザとだよ」
「わかっとるわ!」
ノーヴァは俺を抱き直し、2人で夜の街を空から眺めた。
「綺麗だな」
「そうだね。この世に闇の部分なんて無いみたいに輝いてる。ボクはね、この景色が好き」
「知ってるよ。灯りの下で、平和に笑ってる奴らを見んのが好きなんだろ」
「そうだよ。幸せそうだなぁって思うと、心が和むんだ」
「普段の横暴で我儘なお前からは想像できねぇよ」
「は? 失礼すぎない? 落とすよ」
「やだよ」
俺は落とされまいと、ノーヴァの首に手を回す。ふと目が合い、引き寄せられるように唇を重ねる。この煩い心臓の音が聞こえてしまわないだろうか。そんな心配は他所に、ノーヴァは舌を絡めてくる。
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