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第18話 【アールサス視点】こんなウルクは知らない

「ウルクか。そういやお前の婚約者だっけ? さすが大商人の息子って感じだよな。人当たりがいいっていうか、上位貴族から平民まで誰とでも気さくに話してるの、よく見かけるよ」 なんだそれ。僕はそもそも学園内でウルクの姿を見かける事すら滅多にない。 以前はあの赤い髪を見かけることはあった気がするけど……そう、婚約が決まって顔合わせしたあたりから、急に見なくなった。あんな目立つ髪色なのに、いったいいつもどこに隠れているのかと思うくらいだ。 しかも、人当たりがいいって印象なのか。 僕にはとてもそうは思えなかったが。 最初会った時は、困ったような怯えたような印象で、それがまた僕を苛つかせた。多分、二言三言話しただけで、あとは父親同士の話を聞いていただけだと記憶している。 それから毎週邸に親子で訪ねてきてはいたが、表情は硬く目も合わせてくれなくて、二人きりにされてもろくな会話も無かった。 だからだろう。 父親が商用だとかで早々に帰ってしまい、数時間後に迎えに来る、それまで二人で……となったあの日、ウルクは書庫に行きたいと言い出したんだ。 声も表情も冷たくて、全身から「こんなところに居るのは懲り懲りだ」と告げていた。 そう、今廊下の向こうで誰かに見せているようなくだけた雰囲気など、見たことも感じたこともない。僕が間近で見ていたのは、もっとつまらなそうな、不服そうな顔だった。 先日錬金術を見せた時は笑顔を見せてくれたけど、それでもあんなに大口を開けて楽しそうに笑ったりしなかった。 僕には見せたことがない飾らない姿を遠目で見せられて、なんだか胸がモヤモヤと嫌な気持ちになる。 ウルクは、僕の前ではあんなに楽しそうに笑わない。 相手から肩を叩かれても口を尖らせて頬を膨らませ軽く睨むだけで、別に文句を言うわけでもなさそうだ。 「特にあの騎士科のヤツとつるんでるのはこの頃よく見かけるな。仲よさそうだけど……いいのか? 婚約者なんだろ?」 カルバンにそう問われて、余計に嫌な気持ちが膨らんでくる。 いいわけがない。 いや、でも僕たちの婚約は多額の借金を正当化させるために成されただけで二年後には解消されるわけだから、ウルクの人付き合いに文句を言う筋合いなど無いのかも知れない。 カルバンにどう返せばいいのか分からなくて口ごもっている間に、ウルクの周りには次々と人が集まってきた。 ひとり一人を見上げては、溌剌とした様子で楽しく歓談している。確かに人当たりが良さそうだ。 僕だけが特別なのか。 僕だけが……特別に、嫌われているということか。 暗い気持ちに襲われて、僕は無言でその場を離れる事しかできなかった。

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