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第30話 良かった事まで捨てるなよ
「だよね……オレが浅はかだった」
「だが全部悪いわけじゃねぇ。試飲させて意見を貰うってのはいいアイディアだと思ったぞ。俺の店で小瓶を大量に買ってたから、試飲させるつもりかな、やるじゃねぇかと思ったんだ」
「えっ」
「悪かったのは、ギルドマスターでさえ目ん玉が飛び出るような上物を、ただで配ろうとしたって事。そして、そんな上物を大量に、何度でも用意できる、改良できると喧伝しようとした事だ。反省するのはいいが、良かった事まで捨てるなよ?」
「お父様……」
「俺も見立てが甘かった。まさかアールサス様がそんなに才能溢れる錬金術師だったとは。事によっちゃあ伯爵にもアールサス様にも、今よりもちゃんとした護衛をつけた方がいいかも知れねぇな」
ごく、と自分の喉が鳴ったのが分かる。オレが思っていたよりも、さらに事態は深刻なのかも知れなかった。
「明日、伯爵に事情を話して、近々にアールサス様と面会の時間を取ろう」
「……うん!」
「今のうちに分かったからこそ、できる事もある。アールサス様を守りつつ、その才能を潰す事がないようにサポートできればいいな」
お父様の大きな手のひらが、オレの頭を優しく撫でる。
目を細めてその気持ちよさを享受しながら、オレはアールサス様の事を考えていた。
***
それからわずか三日後、オレはお父様と一緒にアールサス様のお屋敷に来ていた。
アールサス様から聞き取りを終えたお父様は、ただいま絶賛お悩み中だ。アールサス様はさすがBLゲームの攻略対象者と言うべきか、数多のギフトをその身に授かっていた。
もはや存在自体が奇跡だと言いたい。
幸いだったのは、アールサス様が家にある錬金の本を読んで独学で錬金の知識を深めていった故に、その恐ろしいばかりの才能が誰にも知られていなかったという事だ。
お父様はアールサス様に、これまで通り錬金の話は他者としない事を約束させていたけれど、もちろんそれだけでは終われない。お父様は伯爵様と膝を突き合わせて、今後の警護体制について真剣にお話ししているみたいだ。
そしてオレは、アールサス様のお部屋にお邪魔していた。
ただし、アールサス様がさっきからオレの方を見ようともしない。前回お邪魔した時はもっとフレンドリーだったのに、やっぱり急に来たのが嫌だったんだろうか。
それとも、今日お父様から錬金に関して根掘り葉掘り聞かれたのが嫌だったんだろうか。
オレから話しかけるのもなんか躊躇われて、アールサス様の顔色を窺ってたら、急にアールサス様がこっちを向いた。
相変わらず美人だ。
「先日、学園でお前を見かけた」
……へ? いきなり何? もしかしてそれで機嫌が悪かったの?
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