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第56話 【グレイグ視点】売りたくねぇなぁ
「ウルク!!!」
慌てて駆け寄った結果、地面に倒れ込む前にギリギリウルクを支える事が出来た。
あぶねー。
「大丈夫か、ウルク……」
言いかけて、口をつぐむ。
すー……すー……と健やかな寝息が聞こえてきた。
えっと思って腕の中のウルクを見下ろしてみたら、大きな瞳は完全に閉じられて、なっがいまつげが気持ちよさそうにふるふると震えている。
……寝てるわ。これ。
笑い出しそうになった。多分、緊張の糸が切れたんだろう。
よっぽど限界だったんだろうな。俺に言わせりゃよく我慢したって感じだ。
そのまま背中に背負ってみたら、力が抜けて重いはずなのに予想よりも随分と軽い。筋肉ねぇからなぁ、なんてウルクが聞いたら怒りそうな感想を抱きつつ、背負ったままウルクの邸へと足を進めた。
今日は濃い一日だった。
命の危機も感じたし、俺はいざとなったら身体を張ってコイツを守ってしまうんだって事も分かってしまった。今まで戦ったこともないくらいデカい食人花も、火炎球の助けを借りて倒すことができたから、きっと莫大な経験値も得ているだろう。
そして。
ウルクの瞳にそっくりな魔石も手に入れた。
こんなデカい魔石、いったいいくらになるのか想像もつかない。
「……売りたくねぇなぁ」
ふと、そう思った。
今日の一日があまりにも鮮烈で、今感じている背中の重みや温かさも含めなんだかとても大切な物に思えてきて、今日一日を象徴するような……ウルクの瞳と同じ色のあの魔石を手放すのが惜しくなってしまったんだ。
普通なら、雇い主にこんな事申し出るのもおこがましい。
でも、ウルクなら。
「頼めば、くれるかな……」
もちろんタダでなんて言わない。ウルクがアールサス様とやらに会いに行く日は別行動だから、その日を使って魔物を狩りまくって、同じ価値になるくらい魔石を準備するつもりだ。
俺に全体重を預けきっている背中の重みをちょっと嬉しく思いながら、俺はそんな事を考えていた。
***
「ごめん!!! ほんっとーーーーーに! ごめん!!!」
真っ赤な頭が勢いよく振り下ろされるのを、俺はニヤニヤしながら見守る。
「別に怒ってねーよ」
「いや、オレの気が済まないよ……ホントごめん!!!」
昨日は結局そのまま俺がおぶって邸まで送ってったから、ウルクはそれを謝ってるんだろう。気持ちは分かる。でも別に嫌じゃ無かったし、限界超えるまで自分の足で歩いたその根性もなかなかだって評価してる。
「すげー根性だなってむしろ感心したくらいだ」
ひと呼吸おいて、俺は「でも」と厳しい声を出した。
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