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第80話 可愛い人

そう言って渡したら、アールサス様はちょっと拗ねたような顔をした。 「嫌だったわけじゃないって言ったのに……」 小さな小さな声でそんな事を言ってるけど、さすがにあそこまでびっくりされたら二度は出来ないって。 前世の記憶っぽいもので見た20歳のアールサス様は儚げで穏やかで優しそうな印象だったけど、今のアールサス様は怒ったり拗ねたりもする可愛い人だと知った。 僅かに唇を尖らせたままオレから渡された紙を見たアールサス様は、「なんだ、こんな事か」と呟くと、オレに紙とペンを要求する。 言われるままに渡したら、アールサス様はしばらくペンを走らせてから、紙とペンをオレに突き返した。 まだ拗ねたままなのが可愛い。 ニヤニヤしたいのをこらえつつ紙に目を通して、オレは驚愕した。 「これって……!」 「欲しいんだろう? 一覧だ」 「え、まさかこんな数、全部覚えてるんですか!?」 少なくとも五十はあると思うけど。しかもそれをこんな短時間で書き出せるなんてもう、すごいとしか言いようがない。 「当たり前だろう。覚えてないと使えない」 「頭の中どうなってるんですか……」 「五十音順で一覧になってる」 笑った。 まさか答えが返ってくるとも思ってなかったし、こんな中世ヨーロッパ的な要素をベースにした幻想的な世界で、五十音順っていきなり超日本的な。 でも、オレが前世で住んでた日本で作られたゲームだから、使い勝手とか考えるとそうなるんだろうな。アールサス様とあのまま仲よくなっていったら、一緒に錬金するような事もあったんだろうか。今となっては知る術もないけど。 あのゲームをしてた頃のオレはあの繊細で綺麗で優しいアールサス様が本当に大好きだったけれど、今のオレにとっては色んな面を見せてくれるこのアールサス様がとても魅力的に見える。 もしかしたらアールサス様は、大人になったら現れるに違いないあのゲームの主人公と最終的には恋人になるのかも知れないけど……今、この時間はアールサス様とこんな風に楽しく過ごせるだけでも充分だ。 「アールサス様、ありがとうございます! オレは覚えられそうもないんで、このメモ、大事にしますね」 「うん……」 拗ねてた顔がちょっとだけ綻んだ。嬉しくなってニコニコしたら、アールサス様も照れ臭そうに微笑んでくれる。 そのまま他愛もない話をしていたらあっという間に昼休みなんて終わりに近づいて、予鈴が鳴ってしまった。名残惜しいけど、アールサス様を授業に遅刻させるわけにもいかない。

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