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第二話
「どうした?」
「子供が消えた」
「迷子?」
「そんなはずは……」
「誰?」
「一番後ろの女の子」
「みどりちゃん?」
「確かにいたのに」
娘の名前が出、心臓が止まる。
「落ち着け、よく捜せ」
「はぐれたの?」
「馬鹿言うな、一本道だぞ」
「みどり!」
吉田が血相変えて駆け出す。動揺も露わに村長が後を追い、顔役たちがぞろぞろ続く。
その横を全速力で駆け抜け、石段下にとめたバイクに跨った玄が叫ぶ。
「親父!」
「早く出せ!」
山伏が身軽に跳躍し、シート後方に飛び乗る。
アクセルを踏みバイクを出す。周囲の景色が残像と化し飛び去る中、エンジン全開で畦道を飛ばす。
猛然と風切り先行する玄たちの耳に、夜風に乗じた号泣の切れ端が届く。
「ええ~んええ~ん」
「おかあさ~ん、おとうさ~ん」
「真っ暗で怖いよォ。おうち帰りたい、ぐすっ」
民家の庭に面した道に子供たちが立ち尽くし、あるいは座り込んで泣きじゃくっている。
玄がブレーキをかけるや山伏が飛び下り、引き戸を開けて行列をもてなしていた家主の老婆に聞く。
「何があったんです」
「あたしも何が何だかさっぱり……稚児さんたちをお迎えして、一人一人頭をなでて送り出そうとしたら、一人足りない事に気付いたんです。ほら、稚児行列って男女ペアでしょ?なのに男の子だけポツンて。女の子はどこって聞いても要領得なくて、みんなパニックになっちゃって」
途方に暮れた老婆の正面では、ペアの片割れの男の子がきょとんとしていた。隣の地面に扇が落ちている。
玄が男の子の肩を掴んで問い質す。
「一緒にいた子はどこだ?」
「わ、わかんない……」
「手を繋いでなかったのか」
「よせ玄」
山伏が息子と立ち替わり、強面を崩して笑みかける。
「安心しろ坊主、お父さんお母さんがこっちに向かってる」
「ホント?」
「おっちゃんを信じろ」
その言葉に安堵したのか、男の子がたどたどしく紡ぐ。
「あのね、後ろ、なんかいた」
「後ろ?」
闇に目を凝らす。そこには何もない、田園を割り畦道が敷かれているだけ。
膨らむ疑念を感じ取ったか、男の子が涙ぐんで釈明する。
「ホントだよ、ずうっと付いてきたんだ。歩ってる間はおしゃべりしちゃだめって言われたから、大人のひとにも言えなかったんだ」
「神社を出た時から?」
「たぶん……気付いたらもういた」
父と顔を見合わせ、今度は玄が質問する。
「人間?男、女、どっちだ」
「ごんげんさま」
男の子が慄く。
「へんな影が見えた。ごんげんさまに似てた。たてがみがふさふさして、伸びたり縮んだりして、だんだん近付いてきたの」
「権現様は前にいたろ?ありゃただの被りもんだ」
「うそじゃないよ、後ろではっはっ息してた。わざと手をはなしたんじゃないもん、みどりちゃんが急に立ち止まったんだ。早く行こって引っ張ったのに全然動かなくて、ぼ、ぼくのせいじゃないもん」
「わかった、坊主は悪くない」
男の子を慰め顔を上げれば、稚児行列を率いる権現の中身が、被り物を脱いで子供たちを宥めていた。
行列に随伴していた大人数名が山伏に駆け寄り、失踪時の状況を伝える。
「完全にワシらの落ち度です、夜道の暗さと相俟ってしんがりへの注意が疎かになっていた」
「提灯だけじゃ心許ないって言ったのに」
「出発前に点呼をとったら一人だけ返事がせんで」
「しっかり手を繋がせとったのに」
「待て、一斉に言われてもわけわからんぞ」
困惑する山伏。
頭を抱えて蹲る男たち。それぞれの顔に浮かぶ畏怖と忌避。
「なんてこった、また神隠しが起きちまった」
「『また』って、前にもあったのか」
疑問を呈す玄を上目遣いに窺い、初老の村人が言い募る。
「死んだ爺さんから聞いた話じゃ。十江村じゃ祭りのたびに稚児が消える、神社を発った行列がぐぅるり巡ってくると毎度の如く数が足りん。生贄に捧げられた子の祟りとも山神のしわざとも言われとる。前回は明治か大正か……村人総出で山狩りしても結局見付からなんだ」
「てめえら正気かよ、今の時代に神隠しって……ガキは迷子か誘拐だ、くだらねえことほざいてる暇あったら駐在呼んで来い!」
切羽詰まってがなりたてる息子をよそに、険しい形相であたりを睥睨し、おもむろにしゃがみこむ。
「見ろ」
地面に落ちた毛を摘まむ父の傍らで玄が息を飲む。山伏が拾った毛は根元まで美しい黄金に染まっていた。
「野犬……じゃねえよな。蛍光塗料ぬってるわけでもねえのになんで光ってんだ?」
みるみる毛の輝きが失せ、かと思えば透明になっていく。
夜風に吹き散らされた毛の行方を追い、呆然と立ち尽くす山伏と並び、玄もまた絶句する。
「どこだみどり、父さんがきたぞ!」
吉田が半狂乱で現場付近を駆けずり回り、大人の動揺が子供たちにまで伝染し、さらに泣き声が高まって収拾が付かなくなる。
村長が音頭をとって捜索隊を招集し、駐在が応援のパトカーを呼び、あたり一帯が騒然とする。
普段の温厚さをかなぐり捨てた吉田が、凄まじい剣幕で権現の操り手をなじり倒す。
「大人が付いていながらどうして目を離した、あんた達がちゃんと監督してないからみどりは、うちの子はっ!」
「気持ちはわかるが落ち着いてください吉田さん、権現様の中の人に当たったってしょうがないだろ」
「わかってたまるか、真由美に死なれた挙句みどりまでいなくなったら俺はひとりぼっちじゃないか!」
村長以下男たちが吉田を羽交い絞めにして引っぺがす。哀れな父親が泣き崩れ、山伏親子を含む群衆の顔を赤いランプが照らす。
結果として吉田みどりは見付からず、この日を境に忽然と姿を消してしまった。
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