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城 side敬吾

リビングのソファでくつろぎながら、 翔はぼんやりとノーベル医学生理学賞を取った 京都大学の教授インタビューや、 その内容を目にしてテレビを見つめたまま 小さな声で 「……もう数年前にこの研究が完成していたら、徹はもう少し生きられたんじゃないのかな……」 心の声がダダ漏れている。 自分から初めて好きになった相手に、 末期ガンを理由に捨てられて、 再会した時には虫の息。 わからなくもないが、今は自分の恋人である男が、元恋人であり、今は亡き、俺の数少ない親友だった男にまで嫉妬するほどの狭量ではないつもりではあったが、 この目の前の現恋人は暴力的に 『美人』 という形容詞がふさわしい男なのだ。 外来担当日は老若男女問わず、予約や予約無しの外来でも指名が入るほどの『芸能人』並の人気っぷりで、診察に来た患者であるにも関わらず、その見目に芸能プロダクションからのスカウトまでされる始末。 入院患者や、医師、看護師、挙句にMRにまで、毎日のように誰かしらに告られてる。 何度、断っても、再チャレンジする輩が後を絶たない。 本人も困っているのは事実で、帰宅時の車の中での愚痴は想像を遥かに超えているのも確かだ。外面が良い分、暴言に近い発狂ぶりだ。 とてもじゃないが、公共交通機関や タクシーの運転手にまで口説かれそうで、 他人に送迎を頼むことすら恐ろしい状況だ。 ナンパに乗るわけはないが、その後の愚痴が 恐ろしくて仕方ない。 大学生活まではあんなセキュリティやプライバシーもないようなボロアパートで、よくあの日まで無事に暮らせていたものだと思う。 抱けば抱くほど磨かれていく美しさに、 『魔性』という言葉を想像してしまう。 「・・・ねェ、敬吾・・・・・・」 振り返ったその表情は、明らかにお誘いの表情だ。恋人くんはコーヒーで酔ったのか?というくらいスイッチが入ってる状態になっている。 ストレスが過剰になりすぎるとこうなることは多々あるのも確かだった。 据え膳は遠慮なくいただくに限る。 淹れたてのコーヒーを運び リビングのデーブルに置いてから、 隣に座った途端にキスを仕掛けてきた。 何度も角度を変えながら舌を絡ませる。 もちろん、こちらからも仕掛ける。 すっかり上がった息を整えながら 「・・・コーヒー飲んだらベッドに行くか?」 「・・・んっっ・・・」 問題はここからだ。 背に手を滑らせて、指が背を滑り、 その手がまた、肩から首筋を擽り 頬を撫でると、艶を含んだ声で 『…お願い…』 と、耳元で艶っぽく囁く。 両手で頬を包んで舌を出し 口唇を舐めながら口腔内に舌をねじこんで、 舌を絡ませ、舌を吸い上げて甘く噛み、 か今度は労わるように舐める。 これを無意識にやるのだ。 極度に酔った時、極限のストレスが溜まった時に発散せずにはいられないのだろう。 ただ、これを仕込んだヤツがいることが納得いかないのだ。 何故、相手を誘うような仕草を仕込んだのかは 分からないが、翔の性格からして、誘う相手は 限られるのだろうと思う。 頬を赤らめた横顔が、少し不満そうだが、 コーヒーを要求したのは翔なのだから仕方ない。 もしかしたらあのニュースの話題から逃げたいのだとも思ったりもする。 ーー俺があの独り言を聞いていたことに 気づいたのだろうか? 岩切は翔に本気になっていたのだろうか? 逆らうと酷い目に合う。 だから、従っていたにしても、翔は高校での出来事で、しっかり身についてしまっている。 「……今でも柳田のことが好きか?」 今でも元恋人のことが忘れられないのか、わずかでも長く生きられたのではないか?の言葉にモヤモヤするよりも決着をつけたかった。 もちろん、賭けでもあった。 とろんと蕩けた眸で首を上げて目を合わせる。 「なに、馬鹿なこと言ってんの? 死んだ人は確かに心の中で美化されてしまうけど、今、目の前にいるのは誰? 確かに徹のことは好きだよ。 でも、もう、それは過去のことだよ。 今は敬吾がオレを護ってくれるんじゃないの? オレは敬吾についていきたいって思ってるよ。 力にもなりたい。公私共にね。 公私混同はいけないんだろうけど、 憧れと好きが混ざりあってるんだから しょうがないじゃん。」 勇気をだして問いた言葉は呆気ないほど 簡単に一蹴された。きっと、一生コイツには適わない。 酒も飲んでいないのに、こんな殺し文句がサラッと出てくる。しかも、それすら無自覚だ。 はっきり言って、天然記念物ものだ。 難攻不落の王子様は、1度心を赦した人間には とことん甘え、甘い蜜を放つ性質(たち)の悪い『魔性』だ。 コーヒーを飲んで落ち着こうと思ったが、 そのまま翔の手を引いて寝室へと連れ込んだ。

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