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第5話
帰りは敬吾が目先を変えようと言って高速以外違う道を通って帰った。
すっかり日の暮れた中、再び敬吾の部屋に戻ってきた。
「日が短いよな、まだ五時前ってのに。あーでも腹減ったなぁ、結局昼飯食ってないからな」
「朝が遅かったからね。でも確かに腹すいてきたな」
「すぐ準備するよ。米炊いてる間三十分でできるから」
「何か手伝えることある?」
「あー大丈夫、有希はソファーでゆっくり休んでて」
相変わらずの戦力外通告を受けた有希は、まあかえって邪魔になるしね、と思いつつソファーに身体をしずめた。
目を閉じて一昨日からの出来事に思いを巡らした。たった二日で怒涛の展開だったような……。
前から良い人だとは思っていた。それがキスされて好きだと言われて……男同士だよな?
別にゲイに偏見はない。自分もそうなのかと言われたら……どうなんだろう? 女抱いた経験あるから違うな。しかし女と付き合っていた時こんな高揚感があったか? なかったな。淡々としていた。キスもセックスだって自分から求めたわけではなかった。行為の後もあっさりしたものだった。
別れもひどくあさっりしていた。未練もなく別れた。愛していたとはとても言えない。
じゃあ今は? この胸が熱くなる高揚感はなんだ? 有希が自問していると微かな気配を感じ目を開いたら敬吾の優しい微笑みがあった。
「眠っていたのか?」
「ううん、ちょっと目を閉じていただけ」
「飯出来たぞ、食べよう」
カレーの美味しそうな香りが漂っていた。有希はいそいそとダイニングテーブルの椅子に座った。
「うわーうまそうだ。サラダもある」
「シーフードサラダ。野菜も食わないとな。カレーおかわりももあるから沢山食べろ」
「いただきます」
まずはサラダから。新鮮な野菜にプリプリのエビ、イカは適度に歯ごたえがあってうまかった。
メインのカレーは大ぶりの肉もほろっと柔らかくコクがあってうまい。
「大きい肉なのに柔らかくて美味いね。コクも凄くあって美味い」
「肉は煮込むと柔らかくなるからな。有希の口に合って良かったよ」
「これ誰が食べてもうまいよ。よくこんな手間暇かけた料理つくるね。感心するよ」
「普段はサッと作れる手軽なのが多い。カレーはたまに時間かけて作りたくなるんだ」
「そうなんだ。普段も自炊なの?」
「基本はそうだな。飲みに行きたい時は外で食ってから行くけどな」
「僕も少しは見習わないと」
「全くしないのか?」
「うん。僕んちの冷蔵庫飲み物しか入ってない。母親が来た時も呆れてた」
「ははっ、でも有希は器用だからその気になればできるようになると思うぞ」
「朝飯くらいは頑張ろうかな」
話しながらパクパク食べた。カレー、そしてサラダもおかわりして食べた。敬吾はそんな有希が微笑ましく、自分もおかわりして食べた。二人とも満腹だ。
「ごちそうさま。もう満腹何も入らない」
「食後のコーヒーもか?」
「もう一息いれたい」
「じゃあこれ片付けてからにしよう」
片付けた後、敬吾がコーヒーを入れてくれた。敬吾が作った物は、コーヒーまで美味しいようなと、有希はしみじみ思った。帰りがたい気持ちにもなるが思い切らないといけない。飲み終わると決心するような思いで立ち上がった。
「ごちそうさまでした。何もかもが美味しくてありがとう。そろそろ帰るよ」
「あーどういたしまして。また来いよな。夜だし送っていこう」
「夜って、まだ八時だよ」
「俺が心配だから送らせて」
「心配性だな」有希は苦笑した。
「だから有希限定だって」
もう有希は抗わなかった。素直に従った。敬吾の気持ちが嬉しかった。愛されているのか? そこまでは分からないけど、好かれてることは確かだ。甘い真綿にくるまれているような心地だった。
有希のマンションは敬吾のマンションから車だと五分程の距離にあった。二人の務める病院の医師は近距離に住むことを義務付けられているし、敬吾も通勤に便利なように比較的近くに住んでいるためだ。
敬吾はマンションの前に車を止めた。
「ありがとう。じゃあまた」
そう言って降りようとした有希の手を掴んで引き止めた。そして両手で優しく包み込むようして甲にキスしほほ笑んだ。
その微笑みは官能的で、有希はドギマギして言葉を失った。キスされた手も熱く震える。
「じゃあまたな。有希が中に入るまでいるから行って」
敬吾の言葉で我に返り車を降りた。エントランスまで歩いて振り返ると、車の横に立った敬吾が頷いたので、有希も頷いてカギを開けて中に入った。エレベーターに乗り自分の部屋に入ってからもまだドキドキしていた。
一方敬吾は有希の掌の感触を思い出しながら帰途についた。出会った時きれいな手をしていると思った。指が長くて華奢な手。だからと言って女の手ではない、力強さも併せ持った手だ。
今日は海でも握った。握り返してくれた。さっきのキスはビックリしたようだけど……そんな初心な反応もたまらなく可愛い。
このまま一線を越えずにいられるだろうか? 敬吾は自信を失いかけていた。
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