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第7話

有希の決心通り敬吾の誕生日は二人で祝うことになった。  有希にしては珍しく強引に決めるのを敬吾も受け止めたかたちだ。 「なんか洒落た店だな。よく来るのか?」 「学生実習の時、指導医に連れてこられた店で今日が二回目。その時の印象が良かったからここにしたんだ」 「学生や研修医は自分の医局に入れるため接待攻めするって聞いたことがある」 「はは、接待攻めまではあれだけど、結構飯はおごってくれるかな。外科の先生は肉が多いんだ。手術の後よくステーキなんて食えるって思うけど」 「外科医のバイタリティだろ。外科の先生達元気だもんな」 「うん。そして体育会系。内科は物静かな先生が多い」 「有希も見た目物静かだけど、バイタリティあるよね。手も外科医向きだ」  そう言って敬吾は有希の手をとった。 「外科医向きの手って……最初の時も言ったよな」  いきなり手をとられ赤くなりながら答えた。そんな有希が愛しく、そのまま慈しむように両の手で包み込む。 「覚えてたんだ。腕のいい外科医は細くてきれいな手をしてるって言うだろ。有希の手はまさにそれだよ」 「そっかな」 「そうだよ」  甘い空気が支配した。敬吾に見つめられ若干の居心地悪さを感じながらも有希は楽しく食事した。料理も美味しかった。  ドルチェも食べ終わり、ホールスタッフを務めるオーナー夫人が食後酒をサーブしにきた。 「お待たせいたしました。食後酒のサンブーカコンモスカでございます。お誕生日ケーキの代わりにご用意いたしました。火を付けますね」  グラスに青い炎が灯り幻想的でロマンティックな様に感じ入った。 「火が消えてもグラスが熱くなっておりますから、冷めてからお召し上がりください」  そう言って、オーナー夫人は下がった。 「ケーキはコースにドルチェもあるから重いかなって思って予約の時に相談したんだ。そしたらこれを勧められたんだ。火を灯すのが誕生日っぽくていいかなって」 「なるほど。こんな演出三十男には照れるけど嬉しいよ。ありがとう」 「冷めるの待つ間に……はいプレゼント。誕生日おめでとう」 「えっプレゼントまであるの」 「勿論だよ。開けてみて」 「……おー! これは凄いな! 薩摩切子なんだ。こんな色のもあるんだな。赤とか青の印象が強いけど、茶色が深くて素敵だな」 「うん、僕も珍しい色だと思って、気に入ってくれたら嬉しいよ」 「ああこれで飲む酒はうまいだろうな。有希ありがとう」  敬吾は心の底から嬉しかった。今日のために店をセッティングしてプレゼントも一生懸命考えてくれたんだろう。その気持ちがいじらしく愛しい。ここが店で良かった。家だったら押し倒していたかもしれない。    店を出た後敬吾が相変わらずの過保護っぷりを発揮し有希を家まで送った。有希は呆れながらも内心は敬吾の過保護ぶりが嫌ではない自分の気持ちに気付いていた。  そしてキスされなかったことに物足りなさを感じる気持ちにも……外での逢瀬だから仕方ないとは分かっているのに……。  二人はお互いに事実上の初恋だった。心から相手を思い相手の喜びが己の喜びより勝る。そんな思いを抱いたのは初めてだったから。  有希は戸惑いながら、敬吾は抗いながら相手への思いを自覚していた。  だがこの時二人はまだ知らなかった。まさか今日の逢瀬を最後に別れがこようとは……有希は勿論の事、この恋に必死で抗う敬吾も知らなかった……。

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