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第12話
有希は震えるほど幸せを感じていた。敬吾が自分に興奮していってくれた。そして自分も敬吾を受け入れられた。そんな熱い感激に涙を溢れさせた。
「有希? 大丈夫? 痛かったのか?」
有希の涙を痛みからのものと思い慌てて聞く。
「痛くはないよ。あんまり嬉しくて……」そう言ってまた涙を流した。
敬吾は有希を抱きしめた。可愛い。愛おしい。俺のものだ。離したくない。
「俺も嬉しいよ。俺のものになってくれるのか?」
「うん。そうなりたい。今度はちゃんと付き合ってくれるのか?」
「俺は一介の看護師だぞ。いいのか?」
「当たり前だよ。看護師は医者を支えるものだろ? 一緒にいると安心できるんだ。だから前みたいに曖昧なんじゃなくちゃんと付き合いたい」
「分かった。ずっとそばにいて有希の事支えていくよ。だけど俺は恋人を束縛するタイプだと思う。多分独占欲が強い方だと思う」
「なんで疑問形なんだ?」
「本当に好きで付き合った経験がないからな。真剣な思いで付き合った人はいないんだ」
「だったら尚更敬吾さんが真剣な思いで付き合ってくれたら嬉しいし、それで束縛されるのも嬉しいと思うな」
そう言いながら頭を胸に埋めてきた。敬吾は有希の頭を愛しさをこめて撫でてやる。
しばらくそうしていると有希が敬吾の腕の中で眠りに落ちた。まるで親鳥の羽の中で安心して眠る小鳥のように。
抱いて良かったと敬吾はしみじみ思った。ここまで己を信頼し身をあずけてくれるとは……。
敬吾にとって医者である有希を自分のものにする心理的ハードルは高いものがあった。しかし抱くことでしか有希の傷を癒してやる方法が浮かばなかった。
実際に抱いてみると自分だけのものにしたいと独占欲も湧く。ずっと俺の腕の中にいて欲しい。そう思いながら敬吾も眠りに落ちていった。
翌朝有希は、敬吾の腕の中で目覚めた。心地よいぬくもりは、有希を多幸感で包みこんだ。
ほぼ同時に目覚めた敬吾も、有希が腕の中にいる現実に歓喜する思いだった。
正式に付き合うと決めた二人は、早速次の逢瀬を決めた。合同で誕生会をすることに決めた。
誕生日は過ぎてしまったけど今月誕生日の敬吾の誕生を祝いたいと有希は言った。
敬吾はそれならば先月誕生日の有希の誕生も祝いたいから合同誕生会にしようと言ったのだ。
場所は敬吾の家で敬吾の手料理でと決まった。有希はワインとケーキを買ってくることになった。
当日は土曜日で当直明けの有希は帰宅してすぐに寝た。二時過ぎに起きると買い置きのパンを食べてからシャワーを浴びた。いつもより念入りきれいに洗った。最初の時仕事帰りの汗臭いまま抱かれたことに後から物凄い羞恥を覚えたからだ。敬吾に申し訳なくも思った。
洗いながら、「でもこれって期待してるからか」と独り言ちて赤くなった。敬吾が知ったら悶絶するか興奮して襲い掛かるかしそうな姿だが、本人に自覚はない。
シャワーを済ませいつもより念入りに髪を整え服を着た有希は、用意していたプレゼントを持って家を出た。途中でワインを買い予約していたケーキを受け取り敬吾の家に向かった。
敬吾は昨日日勤で今日明日は休日だ。朝はゆっくり起きて朝食を済ませ部屋の掃除をした。男の一人暮らしにしてはいい方だと思うが今日は誕生会だからきれいな部屋で迎えたい。その後食材の買い出しに行った。メニューはローストビーフにアクアパッツァとサラダにした。
帰宅後ローストビーフとアクアパッツァの仕込みを済ませほっと一息ついた。有希は五時に来るから後は三時過ぎから取り掛かれば十分だろう。
プレゼントは用意してある。中々良い物が買えたと思う。とても似合うだろうなと想像すると忽ち頭の中が有希で一杯になった。我ながら度し難いなあと苦笑した。
「おー来たな入れよ。ワイン重かっただろ?」
「まあね。泡と赤にした。泡は冷えてるよ。こっちはケーキね」
「サンキュー。両方とも良さそうだな」
「だといいけど。ってか料理が凄そうだね! なんか凄いご馳走!」
「ああ、もう始められるぞ。有希、腹はすいてるか?」
「すいてるよ。朝は病院でしっかり食べたけど、昼は二時過ぎに起きたから夜の事考えてパン一個だけにしたんだ」
「俺も昼は軽く済ませた。じゃあ始めるか」
二人は敬吾の用意した豪華な食卓についた。まるでケータリングを利用したかと思うくらいで有希は感激した。元々料理上手なのは知っていたがここまでとは……。
「ローストビーフにアクアパッツァ! こんなの自分で作れるんだ凄いな」
「見た目豪華だけど意外と簡単にできるんだ。全くの初心者にはあれだけどそこそこ自炊してたらできるよ」
「ほんと凄いよ! まずは乾杯だね。敬吾さん、三五歳の誕生日おめでとう」
「有希、三一歳の誕生日おめでとう。三一と三五かあ、俺はアラフォーだし有希も三十台なんだよな」
「でも敬吾さんは若々しいから。あっ、これうまいよ魚は鯛なの? それにこのモルドバに合うね」
「うん鯛とアサリだから旨味が出てるな。確かにスッキリ癖がないから合うな。有希はワイン選びが上手だな」
「お店の人のお勧めに従っただけだよ。僕分かんないから」
敬吾心づくしの最高の料理に美味しい酒。おのずと会話も弾み二人は料理と酒を堪能した。
「あー美味しかった。ご馳走さま。さすがにローストビーフは残ったね」
「これはいいよ。最初から多いと思ったから。明日サンドイッチにするとうまいんだ。ケーキはどうする? まだ早いしもう一息入れてからにするか?」
「うんそうだね。ここ片付けてからにしようか」
二人で一緒に片づけた。敬吾が洗った食器を有希が拭いていく。そんな単純作業も楽しいと思いながら。
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