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第16話
二人はそれぞれ一宮への移住に向けて動き始め慌ただしく過ごすうちに街中はクリスマス一色になっていた。
有希は先方の病院へ正式に受諾する返事をし、現在の病院へも年度末での退職を伝えた。年が明けたら住まいもぼちぼち考えるつもりでいた。
一方の敬吾も求職活動を開始しほどなく条件にあった病院が見つかり、やはり現在の病院に年度末での退職を伝えた。そしてある思いを胸にクリスマスを迎えた。
クリスマスイブは二人とも当直と夜勤だったため二五日のクリスマス、敬吾は夜勤明けで朝まで、有希は当直からそのまま日勤で夕方まで勤務だった。
夜勤明けの敬吾が料理を用意して有希を迎える手筈になっていた。有希はそんなに早く来られないだろうが翌二六日は二人とも休みなのでそこは安心だった。
「お邪魔します。今日はメリークリスマスかな」
有希は疲れも見せずにこやかに部屋に入ってきた。
「そうだメリークリスマスだな。疲れてないか? 連続三六時間勤務だろ? ほんと医者は大変だよな」
「まあね、でも今日はこれがあったからテンション高かったよ。ふふっいい匂いだなあ腹ペコには沁みるなあ」
「ああ有希は腹ペコだろうって思ってうまいもの沢山作った。早速食うか?」
メニューはキノコのスープパイ、チキンの香草焼き、シーフードサラダ、チキンにはクリームスピナッチが添えられている。全体的に彩も良くとても美味しそうだ。
クリスマスの乾杯はこれだよなと冷えたシャンパンで乾杯した。
「凄いな! もうプロの域だね! こんなのも作れるのか? きれいに膨らんでいるな。破いて食べちゃっていいのか?」
「ああ、膨らむか心配だったけど上手に膨らんだな。パイをちぎってスープに付けて食うとうまいぞ」
なめらかなクリームスープにサクサクのパイがとても良く合って美味しい。文字通り腹ペコの有希は夢中で食べた。そんな有希が敬吾は微笑ましくメインのチキンと付け合わせ、サラダも取り分けてやる。
「これ、ほうれん草? 凄いうまいな」
「そうだ。肉料理の付け合わせにいいだろ?」
「うん。チキンとも合うけど、これ単独でもうまいな。僕、ほうれん草って嫌いじゃないけど好きでもなくて、でもこれはうまい。こんなうまいほうれん草初めてだよ」
「良かったよ。野菜も沢山食わせたいからな。サラダも食ってみろ、うまいぞ」
「うん。さっぱりしてうまいよ。エビがプリプリだな」
クリーム系の料理が続いたから、レモンが効いたサラダは爽やかな清涼感がさらに食欲を刺激した。
どの料理も感嘆しつつ食べる有希は、本当に美味しいんだと分かった。そしてとてもスマートできれいな食べ方をする有希が敬吾は好きだった。作り甲斐があるし、一緒に食べていて心地良かった。
最後はクリスマスケーキで締めくくった。さすがにこれは買ってきたと言って出されたケーキは二人用の小さいけどおしゃれなケーキだった。
おいしい料理でお腹が満たされた二人は、心も幸せで満たされた思いに包まれた。
後片付けは二人でした。敬吾は三六時間勤務の有希を気遣い「ゆっくりしてろ」と言ったが有希は手伝いたかった。少しでも敬吾の近くにいた方が良かった。
「じゃあプレゼント交換だね。うん……大きさが違うね、ってことは今回被らないか」
「誕生日は見事被ったからな」
二人とも今回も被るか? との思いがあったので、残念なような良かったような複雑な心境だった。
「おーっこれはいいなあ!」
一足先に開けた敬吾が言った。上質なウールのカーディガン。通勤にもプライベートでも着られるかなと思い選んだ。勿論部屋着でも大丈夫だ。
「英国製だな、上質で上品だ。ありがとうな、大事に着るよ」
「敬吾さんは身長あるから似合うかなって思って、気に入ってくれたら嬉しいよ」
「ああ色合いも好きだし気にいったよ。有希も開けてみろ」
「うわー手袋だ! 革手袋だね」
「有希マフラーはしてるけど、手袋してないだろ。手が冷たそうだって思ってたんだ」
去年までしていた手袋が引越しの際行方不明になっていた。買わなければと思いながら買いそびれていた。だから嬉しい。でもそれ以上に敬吾は手袋をしていない自分に気付いていた。それが心から嬉しかった。
「ありがとう。買わないとって思ってたんだ。嬉しい、ほんとありがとう」
「有希話があるんだ」
プレゼント交換が済んだ後、敬吾はおもむろに切り出した。
「何? 改まって」
「一宮では一緒に住まないか?」
「えっ! えーっ」
「そんなに驚くか。一宮は岐阜からもすぐだろ。だからお母さんと一緒に住むのかもと思ってこないだ聞いただろ?」
そういえば聞かれていた。確かに近いと言えば近いが、一宮で暮らした方が便利だ。母親もまだ五十代で元気でもあるし一人暮らしのつもりだと答えていた。
「一宮はパートナーシップ制度があるんだ。だから一緒に住んで申請を出したい」
有希はあまりの驚きに言葉が出ない。呆然とする有希に敬吾は更に問うた。
「有希、俺は今プロポーズしたんだ。確かに同性婚は許されてない。でも気持ち的には結婚を申し込んでいる。俺と生涯を共にして欲しい」
「うん……嬉しい……ごめん夢みたいで……でもほんとに敬吾さんはそれでいいのか?」
「だから、いいから申し込んでんだ。俺はお前を離したくないし、ずっと一緒にいたい。受けるのか? 受けないのか?」
敬吾は性急に問う。有希に迷わせてはいけない。迷えば悩む。有希の誠実な性格を思えばそれは明らかだ。有希を悩ませたくない。何があってもお前の事は俺が全力で守る。だから受けてくれ。有希の手を握る手に力を加え目で訴える。
「う……うん……受ける……ってかこういう場合なんて言うんだ?」
敬吾は有希を抱き寄せ包み込むように抱いた。
「受けてくれるんだろ? それだけで十分だ」
「だけどお父さんや弟さん達は大丈夫なのか?」
敬吾は有希の身体を離して向かい合って話す。今後の事をきちんと決めなければならない。
「前にも言ったけど二人とも俺がゲイだってことは知ってるから心配ない。ただ俺の生涯の伴侶として有希を紹介したい。あと当然有希のお母さんにも挨拶したい。大事な息子さんを下さいってお願いしないとな。むしろその方が許してもらえるのか心配だけどな」
「お母さんは僕が大学入った時から、僕の事は自分から巣立ったと思っていて、子離れしている人だから大丈夫だと思う。ただ相手が男性ってのはビックリすると思うけど」
「問題はそこだよ、それを受け入れてもらえるかだな。とにかく誠実にお願いするよ。土下座してでも許してもらう覚悟だ」
「土下座ってそこまでして……」
「そこまでじゃない、それ以上だ。俺にとって有希はどんな事してでも欲しい、そういう存在なんだよ。一生そばにいたい、決して離したくない。重いか?」
「ううん、重くないよ、嬉しいよ」
「自分でもビックリしてる。俺ってこんな激重な愛し方するのか? ってな」
その後二人は今後を話し合った。有希は敬吾の家族への挨拶を先にと言ったが、敬吾は有希の母の許しを得ること先ずはそこからだと押し切った。
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