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第17話
大晦日が日当直勤務だった有希は年明けを病院で迎えた。大晦日や正月に当直勤務が入るのは独身医師の宿命だ。今年はこの後四日の日勤までは休みなのでいい方だなと思う。
元旦が日当直勤務の医師と引き続きを済ませると、帰宅してすぐ敬吾に電話した。敬吾も昨晩は夜勤だったが、もう帰宅しているはずだ。
「今帰ってきた、おめでとう」
「ああ、おめでとう、疲れただろ?」
「うん、さすがにね。昼過ぎまで仮眠して午後から岐阜に帰るよ」
「気を付けて行ってこいよ、三日待ってるからな」
この後三日の朝まではそれぞれの実家で過ごし、三日の昼頃会うことにしている。
この帰省で、母にはあらかじめ敬吾の事を伝えるつもりでいる。どのような反応をされるか想像できないが、ともかく話して敬吾と会ってもらえる了承を得なければならない。離婚を伝えた時も気が重かったが今回もそうだ。いや今回は気が重いというより、気恥ずかしさの方が増した。
母親に同性の恋人がいるということを話す気恥ずかしさは相当なものだ。そしてゲイの素質はあったものの、長年ノーマルで生きてきた有希にとって可なりの葛藤も伴った。
早くからゲイを自覚し、周りも薄々勘付くなかで自然にカミングアウトした敬吾には分からない思いかもしれない。
実家に帰った有希は母お手製のお節を堪能した。結婚していた時の正月は美咲の実家で過ごしたため、母のお節は久しぶりだった。美咲の実家の料亭特性のお節のような豪華さや華やかさはないが素朴な味が有希には懐かしいし美味しいと思った。
「久しぶり食べたけどうまいね。とりあえず今日はごちそうさま。また明日食べるよ」
「お節だからね、でも良かったお母さんもこうして全部作ったのは久しぶりよ。一人の時は張り合いなくてね二,三品作っただけだから」
和やかに久しぶりに過ごす母と息子の元日の夕食を終えた。今話すか? 先送りしてもだめだ。有希は思い切って切り出した。
「お母さん住まいのことなんだけど……」
「うん? 一宮で探すんでしょ? 見つかったの?」
「いや、今から探すんだけど……」
「……? どうしたの?」
「……実は一緒に住もうと思っている人がいるんだ」
「えっ、再婚するの?」
当然の反応だろうな、でも違うんだよ。
「再婚はしない」
「ああ、同棲するってこと? でも一緒に住むならいずれは結婚するんでしょ?」
「いや、結婚は出来ない」
「なんで? あっ……あなたの……その不妊のこと?」
「いや、それは関係ない」
いつになくはっきりしない有希の態度に、有希の母親は少し焦れてきた。有希もそれを感じ取り肝心の事を告げた。
「一緒に住むのは男性なんだ。つまり僕には男性の恋人がいる」
有希の母親は息子の告げた衝撃的な事実に声も出ない。それはそうだろう。確かに今はLGBTなどの言葉も浸透して多様性が強調される世の中になってきた。そういったこともニュース等で聞き知ってはいる。でも有希は同性愛者だという素振りは全くなかた。まして結婚経験もある。なぜ……。
有希は否定したけど、やはり男性不妊が原因? いやいやそもそも男同士で結婚はできないか……。激しく混乱し頭の中が纏まらない。
「ごめん……びっくりしたよね」
「うん。びっくりした……もう少し順序立てて説明してくれない。ちょっとお母さん頭の中が混乱しているから」
確かにそうだろうと有希も思った。敬吾との出会い、そして別れから再会まで概ねの流れを説明した。ゲイの自覚は無かったが、多分その素質はあったんだろうとのことも話した。
敬吾の自分への思いは深く、だから一緒に来てくれることになった。自分も敬吾の事は心から愛している。生涯を共にと決めたから、一宮ではパートナーシップ制度に申請することも告げた。
有希の母親は息子の話を静かに聞いた。聞いていくうちに段々と頭の中の混乱が解けてきた。有希の真剣な思いが伝わってきた。
美咲と結婚する時には感じられなかった熱量も感じた。あの時は唯々流れに乗っている感しか感じられなかったが、今の有希には主体性も感じられた。
「真剣に思ってるの?」
「うん、そうだね僕の思いは真剣だよ」
「そうかあ……その相手の人東雲さん? 一度会わせてくれる?」
「け、東雲さんもお母さんに会いたいって言ってるんだ。きちんと挨拶してお母さんの許しを得たいって言ってる」
有希は取り敢えず最初の関門を突破したことに安堵した。母が敬吾と会ってどんな反応を示すのかは分からないが、頭から反対なら会うとは言わないだろう。
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