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第2話 相談

 真面目に働いていた会社をやめるほどのことがあって、沢田は疲れているだろう、と思い仲里はそれ以上追求しなかった。  沢田は案外さばさばとした顔をしていて、会社を辞めたことに未練もなさそうだ。  いずれにせよ本人が決めたことなのだから、黙って応援してやるのが一番良いのだろう。   「バイトはいつから行くんだ?」 「ああ、明日はとりあえず顔見せだけ行くつもりなんだ。さすがにホスト用の服とか持ってないからいろいろ買いにいかないといけないしな」 「服か。さすがにそれっぽい服は俺も持ってないなあ。しかし金がかかるんじゃないのか?」 「少し退職金が出たんだ。当面はなんとかなるし、バイト始めたら日払いも出来るらしいから心配しなくてもなんとかなるさ」    まあ、働くところを無くして落ち込んでいるよりも、バイトでもしていた方が気が晴れるだろう、と仲里は思った。  たとえそれがホストであっても。    沢田は酒を飲むのは好きだし強い方だ。  案外水商売も出来るのかもしれないし、ホストという職業に偏見を持つのはやめておこう、と思った。  翌日仲里は合鍵を沢田に渡して、いつも通りに出勤した。  平日なので沢田にばかり構ってはいられない。    仲里は一年ほど前に叔父が独立して作ったIT関連の会社を共同経営していて、小さな会社ながら一応取締役である。  今では叔父の片腕になって、営業から技術までこなすスーパービジネスマンだ。  その日も沢田のことは気になっていたが、仕事に追われていて帰宅は深夜になってしまった。    帰ってみると、沢田はいなかった。  店に顔見せに行くと言っていたらから、まだ飲んでいるのか、ひょっとしていきなり働いているのかもしれない。  この様子だと、居候していても顔を合わせることは少ないだろう。  会社で働いている仲里とはまったくすれ違いの生活になるに違いない。    待っていても仕方がないか、と風呂に入って寝ようとしていたところへ、やっと沢田が帰ってきた。  酒のニオイがする。  まあ、こんな時間に戻ったのだから飲んでいるのは無理もない。  と言うより、飲むのが仕事なのだった。   「お帰り」 「起きてたのか、悪いな、こんな時間に帰宅して」 「気にするな。そういう仕事なんだから……髪、染めたのか」 「ああ、アキラさん……店長に言われてさ。さすがに金髪はやめてくれって言ったんだけど」    沢田は少し照れた顔をして、じゃらじゃらとつけていたアクセサリーをはずしてテーブルの上に置いた。  似合っている、と言えば似合っているのかもしれない。  真面目なサラリーマンだった面影もないぐらいに、沢田は派手な服装だった。    黒のシルクのシャツに目のさめるようなスカイブルーのスーツ。  職業は何かと聞かれたら、ホストがモデルぐらいしかありえないような格好だ。    すっかりホストらしくなった沢田を見て、仲里はなぜだか少し動揺していた。  お前、それはやっぱり違うだろう、と言いたくなる。  一緒に田舎から出てきて、真面目に頑張ってきた沢田がいなくなってしまったような気がした。   「あのさあ、ちょっと相談があるんだけど」    沢田が申し訳なさそうな顔をして、頭を掻く。   「なんだ。まさか俺にホストクラブへ通えとか言うんじゃないだろうな」 「そのまさかなんだけど……」 「バカ言え。俺がそんなところへ行けるか」 「そうじゃなくってさ。和枝さんに頼んでくれないかなあ。一日でいいから、遊びに来てくれって」 「和枝姉さんか……」    なるほどな、と仲里はため息をつく。  仲里の姉の和枝は、モデルだったこともあって、美人だしお金にも不自由していない。  真面目な仲里とは違い、金持ちの彼氏をとっかえひっかえしては遊び歩いている。  それこそ沢田がホストになったと知ったら、喜んで行きたいと言い出すだろう。   「店長にさあ、一週間の間に一度でも指名をとってみろ、って言われてさあ。このさい身内でもなんでもいいから一度は知り合い呼ばないとマズイというか……」 「まあ、姉さんには頼んでみるけど……だけど、お前そんなんでホストやっていけるのか?俺だってそんなに金持ってる女の知り合いはいねえぞ?」 「いいんだよ、1回だけで。それで店長に顔は立つから」    頼む、と両手を合わせてくる沢田に、仲里は渋々姉に連絡すると約束した。   「で、どうなんだ。初日の感想は」 「まあ、慣れればなんとかやっていけるんじゃないかな。店のホストたちは案外みんないい奴らだったし、俺が店長の知り合いだっていうんで親切にしてくれてる」 「そうか。それならいいが……ヘンな女にくどかれたりしないのか?」 「まさか。そんなんだったら和枝さんに頼んだりしねえよ」 「ま、それもそうか」    競争の激しい世界で、そうそう初日から客がつくことなんてないんだろう。  まあ、できる範囲のことぐらい協力してやらないとな。  ヘンな虫がつくぐらいなら和枝の方がまだマシだ……などと思案しながらふと、仲里は沢田が女にモテてほしくないと思っている自分に気づく。  なぜだか、知らない女が沢田に近づくのはあまり気分が良くない。それで姉の方がまだマシだと思ったのだ。  親友が悪い女にひっかかって欲しくない、というただそれだけだ、と思い込もうとしたが、何となく釈然としない気持ちだ。    嫉妬だろうか?  親友がかっこよくなり女にモテるのが気にいらないのか?    いや、そうじゃないだろう。  沢田が女にモテるのは別に今に始まったことじゃない。  ホストになったからといって中身まで変わってしまったわけじゃないだろうから、そんなに心配する理由はないのだけれど……    沢田がホストになる、と聞いた瞬間から何か気に入らないような釈然としない気持ちが仲里にはあった。  それが何なのか、この時にはまだ自覚がなかったのだけど。

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