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第4話 沢田の秘密

「何を飲んでいるのかな」    空になった仲里のグラスを手に問いかけてくるので、仕方なしに仲里は酒のお代わりを頼む。  水割りを作る男の腕に、金のロレックスの腕時計が光っている。   「ひょっとして、ショウがお世話になっている友達って、キミのことかな?」 「ああ、そうですが」 「そうか。いや、同級生だとは聞いていたがこんなにキレイな男だとはね。キミもうちで働かない?」    冗談じゃない、と仲里は眉間に皺を寄せる。  仲里が不機嫌な顔になったのを気にもせずに、アキラは話し続けた。   「いや、冗談だよ。だけど、キミのような男なら客としても大歓迎だ。さっきからよその席の女性からキミのことを聞かれてばかりでね。まったくホスト顔負けのモテぶりだな」 「俺は女になんか興味ありませんから」 「へえ……女に興味がないって?」    アキラは意味ありげな含み笑いをする。  完璧なまでの作られた笑顔が嫌みだ。   「じゃあ、わざわざショウが心配で偵察に来たってところかな」 「ついでですよ。ついで。姉貴が来るというんで見張りでついて来たんです」 「見張り? 面白いことを言うね。お姉さんの友達がショウに手を出さないか心配で?」 「そうじゃなくて、姉貴が章吾に迷惑かけないかと思って」 「迷惑どころか、今日のショウはナンバーワンだよ。この調子ならあっという間にトップになれるかもしれないな」    不機嫌丸出しの仲里に向かって、アキラは挑戦的な笑みを投げかける。   「なぜ……章吾をホストになんか誘ったんですか。あいつは真面目に会社員やってたのに」 「あれ、キミはショウが会社を辞めた理由を聞いてないの?」    アキラの言葉に仲里は顔色を変えた。  こいつ……何を知っているんだ。   「キミの言い方だと、俺が誘ったからショウが会社を辞めたような言い方に聞こえたけど」 「違うんですか。他に辞めるような理由があったとは思えないけど」 「うーん……まあ、ショウが話してないなら、俺の口から言うのもなんだけど」 「違う、というのなら理由を教えて下さい。なんでアイツが突然会社辞めてホストになんかならないといけないんですか」 「ホストなんか、とは心外だなあ。会社員より余程儲かるよ。俺は真剣にこの仕事やってるけど?」    アキラの顔から笑顔が消えたので、すみません、と仲里は素直に謝った。  職業が問題なのではない。  沢田が自分にも話していないことを、この男が知っている、というのが問題なのだ。   「リストラだって聞いてるよ。ちょっと前に依願退職させられて、住むところもないし退職金も尽きるから田舎に帰る、と言うので俺が引き留めた」 「リストラ……?」 「ショウが悪いわけじゃないみたいだったけどね。大幅に人員削減になったらしいよ。まあ、リストラするような会社にいたんじゃ、先も見えてるから俺は辞めて良かったんじゃないかと思ったけどね」    そうだったのか……と仲里はため息をつく。  それならそうともっと早くに相談してくれれば良かったのに。    俺のところへ先に相談してくれていたら、自分の会社に雇うように叔父に頼むこともできた。  それなのに、沢田は先にこの男を頼ったのだ。  それがくやしくて、仲里は膝の上でこぶしを握りしめる。   「俺のところに居候してもいいって言ったんだけど、アイツ、それは断ってきた。まあ、まだホストとしてやっていく決心が固まってないんだろうけど……俺はアイツは見込みがあると思ってる」    別の席で女とノリノリで話をしている沢田の方へ男はちらり、と目をやる。   「だけど俺は……章吾は女相手の仕事には向かないと思う。アイツは女好きなんかじゃないんだ」 「女好きがこの仕事に向いているというわけじゃない。むしろ、逆だ」 「逆?」 「そう。ショウは女と簡単に寝たりしない。この世界じゃあ、そういう男が成功するんだよ」    アキラの言葉には妙な説得力があった。  確かにそういうことなら、沢田はチャラチャラした女と簡単に寝たりはしないだろう、と仲里も思う。   「キミ、ショウがなぜ女と簡単に寝ないか、っていう理由も知らないの? ひょっとして」 「そりゃあ、アイツは真面目だから」 「俺の知ってる限りじゃあ、ショウは大学時代に1人も彼女作ったことなかったけどね。あんなにモテるのに」    また男が意味ありげな含み笑いをする。   「ま、理由は知りたければ直接ショウに聞くといい。キミになら話すかもしれないね」    仲里は今まで沢田のことはなんでも一番よく知っていると思っていた。  親友だと思っていたのに。    それなのに、沢田には秘密があるのだ。  沢田のことで、まだ自分の知らないことをこの男は知っている。   「ショウはきっとこの店の看板になれるよ。俺は明日にでもアイツの住むところを手配してやろうかと思ってる。キミのところに厄介をかけるのもそう長くはないよ」 「そんな必要ありません! 章吾は俺のところで面倒見ます!」    仲里がムキになって立ち上がりかけたところへ、沢田が戻ってきた。  にらみ合っているアキラと仲里を見て、何事かと間に入る。   「忍、この人が言ってた大学の先輩なんだ。西条アキラさん」 「ああ、もう話は済んだ」 「話は済んだって……なんの?」    仲里がなぜ不機嫌そうなのか理由のわからない沢田はおどおどして尋ねる。   「お前は、あわてて住むところを探す必要なんかない。ここでバイトするなら俺のところから通えるだろう?」 「通えるだろうって……そりゃまそうだけど、そんなにいつまでもお前の世話になってるわけにはいかないよ」    もごもごと遠慮がちに目をそらす沢田を見て、仲里はますます気分が悪くなる。  なぜ大学の先輩には頼るのに、高校からの親友の俺には頼れないのか、理由が聞きたい。   「心配しなくても、ショウはこの店でちゃんとやっていける。住むところは約束通り俺がなんとかするから」    アキラが優しく微笑んで、沢田の頭にポン、と手を置くと沢田は照れたように小さく笑った。

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