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第5話 親友という関係

 仲里が帰る、と言うと和枝たちもそれじゃあ、と一緒に席を立った。  和枝の友達たちは名残惜しそうに沢田と携帯の番号を交換し、また来るからその時は指名する、と約束した。  店の外まで送って出てきた沢田を目も合わせずに仲里が帰ろうとすると、沢田が呼び止めた。   「ありがとうな。忍まで来てくれるとは思わなかった。お前こんな店、好きじゃないだろうに」    申し訳なさそうな沢田の顔を見て、仲里は押さえていた気持ちが爆発しそうになる。   「俺……やっぱり反対だ。章吾がこういうところで働くの」 「なんでだよ。俺、さまになってなかった? 結構頑張ってるんだけど」    沢田が見当違いの心配をして頭を掻く。  さまになっていなかったんじゃない。  むしろ二日目で堂々とさまになっていたことがむかつく。  俺の知っている章吾じゃない。    アキラのことも、店に来て章吾に近づく女のことも、何もかもが気に入らない。  そのいらだちをどう伝えてよいのかわからず、仲里は反対だ、という言葉だけを残して店を後にした。    その晩沢田が帰ってきたのは当然ながら深夜で、昨晩よりも遅かった。  電車もない時間にどうやって帰ってきたのかわからないが、仲里が寝ているだろうと思ったのか音を立てないようにそーっと玄関から入ってくる気配がする。  仲里は眠れていなかったのだが、起きあがって沢田に声をかける気にもなれず、ベッドの上で壁の方を向いて目を閉じていた。    寝室の扉を静かに開けて、沢田が近づいてくる足音がする。  ゆっくりとベッドの近くまで歩いてきて、気配はとまった。  声をかけるでもなく、沢田はきっとベッドの横に立っている。    何をしているんだ。  話があるなら起こせばいいじゃないか。  仲里はなぜだか振り返って沢田の顔を見るのが怖くて、寝たふりをしていた。    ベッドの片側が沈んで、沢田が腰をかけたのだろうと、目を閉じたまま想像する。  そっと、沢田の手が仲里の髪に触れた。   「ごめんな……忍」    小さくつぶやくような沢田の声。  顔が近づいたのか、酒の匂いがする。  怒りたいような泣きたいような、わけのわからない悲しみが胸を刺す。    何が……何がごめんなんだよ。  俺に謝らないといけないようなことがあるのか。    謝るより先に、全部話せよ。  隠してることがあるなら、俺に全部話せ。    口を開けばそう叫び出しそうな気持ちを抑えて寝たふりをしていると、沢田はもう一度仲里の髪をなでて、部屋から出て行った。  翌朝仲里が出勤する時、沢田は高いびきをかいて寝ていた。  部屋の外までいびきが聞こえているぐらいだったので、仲里は疲れているのだろうと声をかけずに家を出たのだった。    ホストには反対だと言ってしまってから、沢田とはまだ話をしていない。  これ以上仲里の方から言えることはないのだ。    もしも沢田がホストを辞めると言ってくれたら、自分の会社で働けるように叔父に頼む心積もりはあった。  だが自分よりもあのアキラという先輩を頼っている様子の沢田が素直に店を辞めるとは思えない。    仲里には親友と呼べる相手は沢田しかいない。  だけど沢田はどうなんだろう。  自分よりもあのアキラという先輩の方を信頼しているのだろうか。  あの男の方が実は本当の親友で、自分は単なる友達のうちの一人なんだろうか。    実は沢田がホストのバイトをしていることよりも、そのことの方が仲里にとっては気になっていた。  あれが単なるアルバイトというのなら、それほど反対しなかったかもしれない。  昨日見たあの男が気にいらなかった。    このまま沢田を別の世界に連れていってしまいそうな男。  あの男だけは危ない。    仕事をしながらも仲里はそのことばかりが気になって、今日帰ったらもう一度沢田と話し合ってみようと心に決めたのだった。    早めに仕事を終え、仲里は少し買い物をしにスーパーへ寄った。  夜中に疲れて帰ってくる沢田のためにビールと食べ物を少し用意しておいてやろうと思ったのだ。    しかし帰ってみて驚いた。  冷蔵庫には手作りだと思われる煮物やサラダ、炊飯器には炊きたてのご飯、そしてよく部屋を見回すと掃除がしてあり洗濯物も干してあった。    沢田が出勤前にやったのだ。  これだけの家事をするのは時間もかかっただろう。  慣れない仕事で疲れているのに、こんなことしなくていいのに、と仲里はため息をつく。    しかし沢田の気持ちは嬉しかった。  今日は遅くなっても沢田の帰りを待とう、と仲里は食事に手をつけずにごろり、とベッドに横になる。  そして0時に目覚ましをセットして仮眠することにした。どうせ沢田が帰るのはもっと遅くなるだろう。  

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