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第7話 距離
翌朝仲里が起きると、テーブルの上には朝食の支度がしてあった。
サラダとパンとオムレツ。
コーヒメイカーから、淹れたてコーヒーの香りが漂っている。
仲里は朝はコーヒーだけなのだが、用意されているものを無視することもできず食卓につく。
「朝は寝てたらいいのに。お前は夜が仕事なんだから」
「気にするなって。お前が出かけたらもう一眠りするさ。お前、細いんだからしっかりと食えよ」
なんとなく気まずいと思っているのは仲里だけのように見えた。
沢田は眠いだろうに、かいがいしくコーヒーを入れて仲里に差し出す。
「お前は食わないのか?」
「俺はその……二日酔い」
「酔ってたのか」
「店でいろんな酒飲んだからな」
昨夜の沢田は酔っている風には見えなかったが、そういうことにしておいたほうがよいのだろう、と仲里は自分を納得させた。
沢田は酒を飲んで女を相手にする仕事をしているのだ。
酔っていれば性的な欲望がわくこともあるのかもしれない。
男のモノに手を出したくなる心理は、よく理解できないが。
その晩沢田の帰宅は遅かった。
仲里も接待があって終電ぎりぎりに帰宅し、しばらく沢田を待ってみたのだが一向に帰ってくる様子がないので1人で夕食をとった。
沢田が作り置きしておいてくれた豚汁を温めなおす。
夜中に疲れて帰った胃に優しい食事がいくつか用意されていた。
仲里が和食党だということを考えたメニュー。
食事を終え寝つきの悪い仲里がやっと眠りに落ちそうになった頃に、沢田は帰ってきて玄関で派手な音を立てた。
何事かと思って飛び起きた仲里が玄関に出てみると、泥酔した沢田が転がっている。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
「……悪い、なんかタクシー乗ったら急に酔いが回って……」
「しっかりしろ、ほら、つかまれ」
仲里が助け起こそうとすると、フワリ、と香水の香りがした。
なぜだかまたどす黒い、嫌な気持ちが仲里の胸にわき起こる。
沢田のシャツの胸のあたりにべったりと口紅がついている。
「女と一緒だったのか?」
聞いても仕方のないことがつい口をついてしまう。
ホストなんだから聞くまでもないことなのに。
「ああ、今日な、和枝さんと友達がまた来てくれたよ。終わってからカラオケつき合わされてさあ。あ、俺だけじゃなくアキラさんも一緒に」
『俺だけじゃなく』と言い訳したつもりの沢田だが、アキラさんと一緒という言葉になおさら仲里は顔をしかめる。
アイツも一緒だったのか……
女も気に入らないが、アイツはもっと気に入らない。
これからずっと沢田はこんな生活が続くのかと思うと、胃がしめつけられるような嫌な気分になるのはなぜなんだろう。
よろよろになっている沢田をリビングのソファまで運ぶと、ネクタイをゆるめて寝かせてやる。
よく見ると沢田は顔色が悪い。
上機嫌で飲んできたという様子ではなさそうだ。
小言を言いたいのを我慢して、仲里は沢田に水を飲ませてやる。
「ごめんな……面倒かけて。俺、お前に迷惑かけてばっかりだよな……」
苦しそうに目を閉じたまま、沢田がつぶやくように言う。
違う……迷惑だなんて思ってない。
面倒かけられるのは嫌じゃない。
むしろ、もっとちゃんと自分を頼って欲しいのだ。
最初から何もかもきちんと話して相談してくれていたら、こんなことになっていなかったのに、と仲里は思う。
リストラで困っているとわかっていたら、お前をホストになんてさせなかったのに。
毎日酒を飲む仕事なんて、絶対身体にもよくない。
「迷惑なんかじゃない。ただ、俺はやっぱりお前がホストになって毎日こんな風になって帰ってくるのは嫌なんだ」
できるだけ穏やかに本心を伝えてみる。
聞いているのかいないのか、沢田はソファーの上でそのまま眠ってしまいそうな様子だ。
まあ、酔っている時に小言を言っても仕方がないだろう。
布団を敷いて沢田を連れていこうと揺り起こすと、突然抱きしめられて仲里は驚く。
「は、離せ……酔ってるからってそういうことするな。俺は男だぞ」
「分かってる。忍を誰かと間違えたりしないさ」
目を開けた沢田は腕をゆるめると、それでも仲里の腕をつかんだままぼんやりと顔を見つめている。
「俺……そばにいてもいいのかな。こんなダメな人間なのに」
不安そうな沢田の表情。
仕事を辞めさせられて、弱気になっているのだろうか。
どんな時もいつも明るくてお調子者だった沢田までどこかへ消えてしまった。
クヨクヨする仲里を笑って励ましてくれるのはいつも沢田の方だったのに。
今夜こんなに泥酔して帰ったのも、沢田はやっぱり今悩んで苦しんで、もがいているのかもしれないと仲里には思えた。
仲里は精一杯の作り笑顔を作って、沢田を抱き起こし、ぽんぽん、と背中をたたいてやる。
「俺は迷惑してない。友達なんだから頼ってくれたらいいじゃないか」
「友達……か」
ふい、と視線をそらす沢田に、仲里は違和感を覚える。
「頼ってもいいのか……これ以上……」
「もちろん……ってお前、こらっ」
しがみつくようにまた抱きついてきた沢田の腕の中で仲里はもがいたが、やがて諦めてされるがままになる。
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