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第8話 疑問

 男二人で抱き合っているおかしな状況。  だけど、それがなぜか今一番沢田には必要なことなのだと思えて、仲里はそっと沢田の背中に腕を回す。  沢田には自分が必要なのだ、と思える安堵にも似た思いが仲里の胸を満たす。   「忍……ごめんな」 「何を謝ってる」 「俺、お前が思ってくれてるような友達じゃないから」 「どういう意味だ」 「俺はいつまでたってもお前に追いつけない。忍が遠くなっていく」 「何言ってるんだよ。遠ざかろうとしてるのは章吾だろ!」    遠ざかるつもりなんて仲里にはない。  むしろ、それが嫌ならホストなんて辞めろと言いたい。  以前のようにやりたい仕事について、愚痴をこぼしながらも励ましあえる関係に俺だって戻りたい。   「違うんだ。俺が悪い……そう。俺が悪いんだ。忍は友達だと思ってくれているのに」    まるで自分を説得するようにつぶやくと、沢田は身体を離した。   「俺、寝るわ。ごめんな」    ふらふらと部屋へ戻っていく沢田の後ろ姿を見ながら、いったい沢田は何を悩んでいるのだろうと仲里は思う。  そしてそれは実は仕事のことなんかではなく、ひょっとして自分に関係あることなのではないかとぼんやり思う。    沢田は何か言いたいことがあるのに自分のせいで言えないのではないか。  俺の何かが沢田を苦しめているのだとしたら……    今日の沢田は酔ってはいたが、何か本音のようなものが見え隠れしていたような気がする。  失業して沢田が抱いているコンプレックスのような。    仲里は国立大を出ていわゆるエリート商社マンになり、それから会社を興した。  失業している沢田から見れば仲里は一番コンプレックスを感じる相手なのかもしれない。  追いつけない、と言ったのはそういうことだろうか。    しかし今まで沢田がそんなことを気にしたことはないはずだ。  俺に追いつけないってどういう意味だろう……    翌日さすがに二日酔いで起きられなかったのだろう、沢田が寝ている間に仲里は家を出た。  そして仕事が終わって帰宅すると、また洗濯物が干してあって食事の支度がしてあった。    テーブルの上に『昨日はゴメン』とメモ。  そしてその晩いくら待っても、沢田は帰ってこなかった。  朝までろくに眠れなかった仲里は心配になってメールをいれてみる。   『遅くなったからアキラさんのところへ泊めてもらった』という沢田からの返信を見て、仲里は思わず携帯を投げ出した。  遅くなって同僚のところへ泊まることなど当たり前のことなのかもしれないが、どうしてもアキラという男のことだけは頭にくる。  それがなぜなのかわからないのだけれど、沢田を取られてしまうように思えてならないのだ。   『酔っ払っても遅くなっても今日は帰って来い』とメールを返す。    うるさい友達だと思われても構わない。  俺が一番お前を心配しているんだ、と電話をかけて怒鳴りたいほどの気持ちだった。    その晩、また酷く酔って深夜に帰宅した沢田を仲里は出迎えた。  どうしても顔を見て話しておきたいことがある。  沢田の様子がおかしくなっていくのを、このままにしておいていいはずはない。    沢田が疲れているのは分かっていたが、なるべく早く話をつけようと、リビングで仲里は沢田と向かい合う。  何から話していいのか、と黙って沢田を見ていると、沢田が苦しげに口を開いた。   「忍、ごめんな。やっぱりお前、怒ってるんだろ?俺がこんな生活してるから」 「そうじゃない。章吾の仕事に口をはさむつもりはない。ただ、約束して欲しいことがあるんだ」 「約束?」    不思議そうな顔をする沢田に、仲里は自分でも理不尽だと思う約束をつきつける。   「アキラっていう先輩……アイツのところへは行かないでくれ」 「なぜ? あの人はいい人だよ」    沢田が不審そうな目を向けている。   「いい人とか悪い人とか、そういうのは関係ないんだ。ただ、面倒かけるのは俺かあの人かどっちかにしてくれ。ふらふらしないで欲しいんだ」 「忍……それ、どういう意味?」 「俺にもよくわからん……いらいらするんだ。お前がアイツを頼ってるのを見ると」    沢田は探るような目で仲里の顔を覗き込むと、肩に手をかけた。  ぴくり、と仲里が緊張する。   「俺がアキラさんに頼るのをやめたら、忍……俺のものになってくれる?」 「俺のものって……」    俺のものってなんだ。  混乱する頭を整理しながら、仲里の中にひとつの疑問がよみがえる。   「章吾……俺、ひとつ聞きたいことがあるんだけど。もし不愉快に聞こえたらごめん」 「いいけど……なんだよ」 「お前、ひょっとしてゲイなのか?」    この間の晩からずっとひっかかっていた疑問だった。  そんなはずはないと思い込もうとしていたが、この疑問を避けては通れない。  こういうことはごまかさずストレートに聞いた方がいいのだ、と思うのは仲里の性格だ。  遠回しに聞いたって答えにくい質問なのはわかっている。   「そうきたか」    沢田はフっと目をそらして寂しげな笑みを浮かべる。   「こないだ、俺があんなことしたから、そう思ったんだ?」 「そりゃ、思うだろう。普通、友達同士であんなことしない」 「正直に言う。ゲイかもしれないし、違うかもしれないし自分でもよくわからない」    沢田は仲里から離れてソファーに深く座りなおすと、ポケットからタバコを取り出してくわえた。  ずっと禁煙していたはずなのに、いつの間にまた吸うようになったんだろう……とため息をつきながら仲里は灰皿を探して渡してやる。  

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