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第9話 選択肢

「女には興味がないんだ、俺。だけど男に興味があるかというとそうでもない。実際に男に誘われたこともあるけど、そんな気にはならなかったし」    沢田の言葉は嘘ではないように思う。  女とつき合っているという話を今まで聞いたことがないし、だからと言って男好きだと感じたこともない。   「つまり、恋愛には興味がないのか?」 「はは……ニブいな、ほんと忍は」    沢田は呆れたように苦笑してタバコに火をつけた。  ニブいと言われてむっとした仲里の脳裏に嫌な推測が浮かんだ。    いるじゃないか……  唯一沢田が仲良くしているふとどきなイケメン野郎が。  女に興味がないやつが成功する、と言い切ったアイツこそ女に興味がない男ではないか。   「アイツか。アキラとかいう、アイツはゲイなのか?」 「ああ、アキラさんね。あの人はバイみたいだな。どっちかというとゲイ寄りの」    ゲイだとバイだの、沢田はあっさりと口にするが、そんな沢田がまるでよく知らない男のように見えてくる。  仲里と沢田はお互いに今までそういう性的な話や下ネタなどを、あまり話したことはなかったのだ。   「章吾、アイツに誘われたのか」 「昔ね。大学の時にそんなことがあったけど……言っとくけど、俺、あの人にそんな気ないぜ?」 「お前がその気がなくても、向こうにはあるだろう」    でないと俺にあんな風に挑戦的な目を向けるはずはない。  仲里はアキラに対する得体の知れない不快感の理由がやっとわかったような気がした。    アイツはそういう意味で章吾を狙っているんだ。  下心があるに違いない。  それならやっぱり章吾は危ないじゃないか!   「話、戻すけど」    一人ぐるぐる考え込んでいる仲里に、沢田が淡々と話しかける。   「俺がお前を選んだら、お前は俺を選んでくれるの?」 「選ぶって……」    なんだか沢田の言っていることの意味がよくわからない。  選ぶってどういうことだ。  章吾は俺とアイツを天秤にかけているのか?  俺を選ばなかったら、アイツを選ぶというのか?   「忍もずっと一人だろ? 女とつき合ってるっていう話、俺、聞いたことないし」    沢田の顔が近づいて、肩を抱き寄せられる。  タバコと酒のニオイがして、思わず仲里は顔をそむける。   「俺と、こうなるっていうの、考えたことある?」    沢田はぐい、と仲里の顔を自分の方に向かせると、強引に唇を重ねた。  生暖かい舌がすべりこんで、柔らかく仲里の舌に触れる。    章吾……  濡れた舌が絡む痺れるような溶けるような甘さに、仲里は一瞬溺れそうになり、あわてて沢田を押し返す。 「あ、あるわけないだろっ!」 「だよな。じゃ、これから考えることできる?」 「これから……お前と?」 「そ。俺とセックスできる?」    呆然として、仲里はポカンと沢田の顔を凝視する。    セックス……できるわけないじゃないか。  男同士だろ……  どこに何をどうするというんだ。    仲里の困惑した顔を見て、沢田は苦笑しながらすっと立ち上がった。   「そういうことだから。俺は、できるんだよ、男とセックス。お前の言うところのゲイっていうやつかもしれないな」    寝る、と言って部屋に行ってしまった沢田を追いかけることもできずに、しばらく仲里は呆然としていた。    自分と沢田を隔てていた距離の正体。  沢田はゲイかもしれないということ。  アキラという男はそれを知っているから、沢田は心を許しているのだ。  沢田の正直な気持ちを知りたいとは思っていたけれど、いざ聞いてしまえば距離はさらに遠くなってしまったような気がする。    ただ、ひとつだけはっきりしたことがある。  俺が章吾を選ばなければ、章吾はアイツのところへ行ってしまう。  アイツはきっと章吾の気持ちをよく分かっているんだろう。男とセックスできる側だから。    俺は……何を章吾に求めているんだろう。  友達なら、親友だと言うのなら、認めてやればいいじゃないか。  親友がゲイで、男の恋人を選んだところで、友達でいるという選択だってあるはずじゃないか。    アキラのことばかりが気になって、仲里の頭からはもうひとつの選択が抜け落ちていた。  仲里が沢田を選ぶ、という選択。  ただアキラにだけは渡したくないという思いだけが、胸の奥にどす黒い塊のようになって沈んでいた。    朝目覚めると、コーヒーの香りがする。  キッチンで調理をしている物音がする。  沢田がまだそこにいる、という香りと物音に心が救われる。   「おはよう」    何事もなかったかのように、沢田は笑顔を浮かべる。  だけど、次の瞬間に隔てられた距離を思い出す。  その笑顔が本物でない証拠に、沢田の口からはいつも謝罪の言葉ばかりが出てくる。   「昨日は悪かったな、気持ち悪い思いさせて」 「気持ち悪くなんか……」    言いかけた仲里の胸に、重ねられた沢田の唇の感触がよみがえり、なぜだか顔が熱くなってしまう。   「あの……章吾、俺、考えるから。お前のことちゃんと考えるから、少し時間をくれないか。ちょっと驚いただけなんだ」 「いいって。無理すんな。驚かれるぐらいで済んで俺としちゃあ、すっきりした気分」    妙にサバサバした沢田の口調が、まるで二人の関係に終止符を打とうとしているように思えて、仲里は不安になる。  勝手にすっきりされては困る。  まだ俺はちっともすっきりなんてしていない。  むしろこれからどうすればいいのか、頭はいっぱいで昨日もよく眠れなかった。  出かけようとする仲里を沢田が玄関まで送り出す。   「忍……ありがとうな」 「何がだ。終わったような言い方するな!俺はちゃんと考えるって言っただろう!」 「でもさ。考えて無理してどうにかなるもんじゃないんだ。気持ちってさ。そうだろ?」 「それでも考えるって言ってるんだ!」    ムキになって怒鳴ると、仲里は家を飛び出した。  どうしてどんどん俺を置いて先へ行ってしまうんだ……章吾は。  少しぐらい待ってくれたっていいじゃないか……待ってくれたらちゃんと考えて……    考えてどうするというんだろう、と仲里はまた呆然とする。  考えて俺はゲイになれるのか。  性の傾向というのは自分の意志で変えられるものなのか。

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