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第11話 勝負
店に足を踏み入れた途端、客もホストも一斉に仲里の方を見た。
ざわめきが起こる。
「あの……面接の方?」
クロークにいた若いホストの言葉に仲里は、俺もホストに見えるのか、と苦笑する。
「客だけど。指名はショウ。他のやつはいらない」
「お、お客さまですか。失礼しました。どうぞ」
ひそひそと聞こえてくる周囲の注目を無視して、仲里は案内された席に座る。
ちらりと周囲をうかがうと、沢田は一番奥のボックス席で数人の女性やホストと騒いでいた。
何かゲームでもしているのか、女性の頬に沢田がキスをしているのが目に入って、仲里は顔をしかめる。
「お飲み物はどうされますか?」
「そうだな……何を注文したらショウは喜ぶのかな?」
「そりゃあまずはシャンパンかな……」
「そういうものなのか。なら、そうしよう。銘柄はいろいろあるのか?」
「ドンペリのピンクが一番人気です。あ、でももう少し安いのもありますよ」
ピンドンか……
ラベンダーカラーの今日の服装にはピンクのドンペリもいいかもしれない。
接待で酒の値段ぐらいは知っている。
ホストクラブならピンドンはせいぜい2、30万ぐらいまでだろう、と想像して注文する。
その一部が沢田の売り上げになるのなら、構わない。
「ピンドンはいりましたー!」
勢いよくホストが注文を通すと、店内のホストや客が一斉に仲里を見る。
そして、沢田が振り向いてぎょっとした顔をする。
「ようこそ、忍くんだったかな」
爽やかな笑顔を浮かべて、憎らしい男が挨拶にくる。
「見違えたよ、店内の女性がみんなキミを見ている。本気でホストやる気はないのかい?」
「俺は客です。いけませんか」
「いやいや、キミみたいな美しい客はいつでも大歓迎だ。観賞用にいてくれるだけでもいい。しかし、指名がナンバーワンの俺じゃないのがちょっと残念だがね」
誰がお前なんか指名するものか。
俺は男に興味などない。
……章吾以外は、と仲里は心の中で付け足す。
あわてた様子で沢田がやってきて、呆然と仲里の顔を見ている。
「忍……」
「こら、お客様にきちんと挨拶しろ」
「い、いらっしゃいませ……ご指名ありがとうございます」
もごもごとうつむいて沢田が挨拶をすると、アキラはごゆっくり、と言って立ち去った。
立ち去り際に仲里に向かってウィンクを投げかけたので、仲里は眉間にシワを寄せる。
塩でもまいてやりたいぐらいだ。
ドンペリで仰々しい乾杯をすると、沢田が困ったような顔で仲里の隣に座る。
「どうして店になんか来たんだよ」
「お前が電話に出ないからだ」
仲里は営業でしか使わない、スマートな笑みを浮かべて答える。
ここにはアイツと勝負しに来たんだ。
ホストにはなれないが、アイツにだけは絶対に負けない。
「何しに来た」
「失礼だな。酒飲みに来たに決まっているだろう」
「こんな高い店で飲むことないだろう」
「俺の勝手だ。章吾がホストをやるというなら、通うことに決めた。お前がナンバーワンになるまで通ってやる」
「バカ言うなっ! いくらかかると思ってるんだよ」
「金なんて稼げばいい。どう使おうが俺の自由だ」
きっぱりと言い切る仲里に、諦めたように沢田はため息をついた。
それからまじまじと変貌した仲里の姿を見回す。
「お前、そんなスーツ持ってたんだな」
「変か? 章吾に恥かかせたくないから、これでもお洒落してきたんだけど」
「いや……似合ってる。キレイだ」
沢田は顔を赤らめながら、口をとがらせてそっぽを向く。
「キレイだけど、ホストよりキレイっていうのもどうなんだよ」
どう見てもホストよりゴージャスであでやかな仲里の姿に、沢田は情けない気持ちになっていた。
容姿でも、自分は及ばない。
ここにいるどのホストよりも、仲里はキレイで品がある。
おまけに秀才で仕事ができて、真面目でいいやつなんだ。
俺にはもったいないようなやつなんだ……
「髪、パーマあてたのか」
「ん、ああ。気分転換にね」
「柔らかそうだな……可愛い」
手をのばして髪に触れてきた沢田に、仲里はつい嫌味を言ってしまう。
「俺にそんなお世辞言わなくていい。営業で言われても嬉しくない」
「営業なんかじゃ……」
「さっきキスしてただろ。女に興味なくても仕事ならできるんだな、ああいうこと」
「見てたのか」
そんなことを言うつもりで来たんじゃないのに、黙って出ていった沢田に恨み言を言ってしまう。
お互いに何も言い出せなくて、上っ面だけの会話が続いていく。
好きでもないシャンパンに悪酔いして、仲里は絡み酒になっていった。
「なあ、俺にもしろよ……キス。あの女にできるなら俺にもできるだろ? ドンペリいれたんだしさ」
無理を言って沢田を困らせてしまう。
女にはできても、人前で男にはできないだろう、と分かっているのに。
金を払ってそういうことをするのは、最低だとわかっているのに。
「無理だよ……できない」
「どうして。この間の晩はあんなに熱烈にしたじゃないか」
「忍……お前に仕事でそんなことできない」
「だったら! ちゃんと帰ってこいよ! 電話まで無視されて、俺はここへ来る以外にどうやったらお前に会えるんだ?」
「ごめん……」
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