11 / 23

第11話 勝負

 店に足を踏み入れた途端、客もホストも一斉に仲里の方を見た。  ざわめきが起こる。   「あの……面接の方?」    クロークにいた若いホストの言葉に仲里は、俺もホストに見えるのか、と苦笑する。   「客だけど。指名はショウ。他のやつはいらない」 「お、お客さまですか。失礼しました。どうぞ」    ひそひそと聞こえてくる周囲の注目を無視して、仲里は案内された席に座る。  ちらりと周囲をうかがうと、沢田は一番奥のボックス席で数人の女性やホストと騒いでいた。  何かゲームでもしているのか、女性の頬に沢田がキスをしているのが目に入って、仲里は顔をしかめる。   「お飲み物はどうされますか?」 「そうだな……何を注文したらショウは喜ぶのかな?」 「そりゃあまずはシャンパンかな……」 「そういうものなのか。なら、そうしよう。銘柄はいろいろあるのか?」 「ドンペリのピンクが一番人気です。あ、でももう少し安いのもありますよ」    ピンドンか……  ラベンダーカラーの今日の服装にはピンクのドンペリもいいかもしれない。  接待で酒の値段ぐらいは知っている。  ホストクラブならピンドンはせいぜい2、30万ぐらいまでだろう、と想像して注文する。  その一部が沢田の売り上げになるのなら、構わない。   「ピンドンはいりましたー!」    勢いよくホストが注文を通すと、店内のホストや客が一斉に仲里を見る。  そして、沢田が振り向いてぎょっとした顔をする。   「ようこそ、忍くんだったかな」    爽やかな笑顔を浮かべて、憎らしい男が挨拶にくる。   「見違えたよ、店内の女性がみんなキミを見ている。本気でホストやる気はないのかい?」 「俺は客です。いけませんか」 「いやいや、キミみたいな美しい客はいつでも大歓迎だ。観賞用にいてくれるだけでもいい。しかし、指名がナンバーワンの俺じゃないのがちょっと残念だがね」    誰がお前なんか指名するものか。  俺は男に興味などない。  ……章吾以外は、と仲里は心の中で付け足す。    あわてた様子で沢田がやってきて、呆然と仲里の顔を見ている。   「忍……」 「こら、お客様にきちんと挨拶しろ」 「い、いらっしゃいませ……ご指名ありがとうございます」    もごもごとうつむいて沢田が挨拶をすると、アキラはごゆっくり、と言って立ち去った。  立ち去り際に仲里に向かってウィンクを投げかけたので、仲里は眉間にシワを寄せる。  塩でもまいてやりたいぐらいだ。    ドンペリで仰々しい乾杯をすると、沢田が困ったような顔で仲里の隣に座る。   「どうして店になんか来たんだよ」 「お前が電話に出ないからだ」    仲里は営業でしか使わない、スマートな笑みを浮かべて答える。  ここにはアイツと勝負しに来たんだ。  ホストにはなれないが、アイツにだけは絶対に負けない。   「何しに来た」 「失礼だな。酒飲みに来たに決まっているだろう」 「こんな高い店で飲むことないだろう」 「俺の勝手だ。章吾がホストをやるというなら、通うことに決めた。お前がナンバーワンになるまで通ってやる」 「バカ言うなっ! いくらかかると思ってるんだよ」 「金なんて稼げばいい。どう使おうが俺の自由だ」    きっぱりと言い切る仲里に、諦めたように沢田はため息をついた。  それからまじまじと変貌した仲里の姿を見回す。   「お前、そんなスーツ持ってたんだな」 「変か? 章吾に恥かかせたくないから、これでもお洒落してきたんだけど」 「いや……似合ってる。キレイだ」    沢田は顔を赤らめながら、口をとがらせてそっぽを向く。   「キレイだけど、ホストよりキレイっていうのもどうなんだよ」    どう見てもホストよりゴージャスであでやかな仲里の姿に、沢田は情けない気持ちになっていた。  容姿でも、自分は及ばない。  ここにいるどのホストよりも、仲里はキレイで品がある。  おまけに秀才で仕事ができて、真面目でいいやつなんだ。  俺にはもったいないようなやつなんだ……   「髪、パーマあてたのか」 「ん、ああ。気分転換にね」 「柔らかそうだな……可愛い」    手をのばして髪に触れてきた沢田に、仲里はつい嫌味を言ってしまう。   「俺にそんなお世辞言わなくていい。営業で言われても嬉しくない」 「営業なんかじゃ……」 「さっきキスしてただろ。女に興味なくても仕事ならできるんだな、ああいうこと」 「見てたのか」    そんなことを言うつもりで来たんじゃないのに、黙って出ていった沢田に恨み言を言ってしまう。  お互いに何も言い出せなくて、上っ面だけの会話が続いていく。  好きでもないシャンパンに悪酔いして、仲里は絡み酒になっていった。   「なあ、俺にもしろよ……キス。あの女にできるなら俺にもできるだろ? ドンペリいれたんだしさ」    無理を言って沢田を困らせてしまう。  女にはできても、人前で男にはできないだろう、と分かっているのに。  金を払ってそういうことをするのは、最低だとわかっているのに。   「無理だよ……できない」 「どうして。この間の晩はあんなに熱烈にしたじゃないか」 「忍……お前に仕事でそんなことできない」 「だったら! ちゃんと帰ってこいよ! 電話まで無視されて、俺はここへ来る以外にどうやったらお前に会えるんだ?」 「ごめん……」

ともだちにシェアしよう!