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第15話 条件
「ピンクのドンペリと俺の勇気はどうしてくれるんだ」
「俺は止めただろう? あんな高い酒頼むなんて正気じゃない」
「値段のこと言ってるんじゃない。本当に勇気がいったんだぞ……男一人でホストクラブに行くなんて、前代未聞だ」
「だから、何しに来たんだよ。俺のホスト見て面白かったか?」
いつまでも壁の方を向いている沢田に業を煮やして、仲里は沢田の頭に手をかけると無理矢理自分の方を向かせた。
「お前を取り返しに行ったんだ。朝からしたことないお洒落して、高い酒つぶれるほど飲んで……それから、ちゃんとお前とその……キスしただろ」
「覚えてるのか」
沢田は驚いたように、仲里の腕をつかんだ。
一瞬ひるんだ仲里だったが、ここでひるんだらダメなんだ、と沢田を見つめ返す。
「当たり前だ。男とキスして忘れられるほど俺の記憶は能天気じゃない。それに……俺はまだ返事をしてない」
「返事って、何の」
「俺が好きって言ったじゃないか。返事は聞かないのか」
「……怖いな、聞くの……」
ヘタレめ、と仲里は心の中だけでつぶやく。
アキラの言っていたことは、大部分当たっている。
「言い逃げは卑怯だぞ。ていうか、シラフでこんなこと言わされる俺の身になれ!昨日は酔った勢いでお前に抱かれてやってもいいと思って覚悟してたのに……」
「へ? 抱かれてって?」
あんぐりと口を開けて呆けている沢田を見て、仲里は顔を真っ赤に染める。
「ち、違うのか?お前の好きって、そういうことじゃなかったのか」
沢田はがばっと飛び起きると、仲里の両腕をつかんでベッドの上に正座した。
「違わない! あの、それ、本気? 俺に抱かれてくれるつもりだったって」
「昨日はな。だけど、目が覚めたらお前は消えてるし、俺は二日酔いで……」
「忍っ! それ、やり直しできない? いや、させてください、忍を抱けたら俺、死んでもいいっ!」
土下座をしながら声が裏返っている沢田を見て、仲里は吹き出しそうになったが、ここで甘い顔を見せてはいけない、と笑顔を引っ込める。
「条件その1。東京に戻って、ホスト以外の仕事につくこと。条件その2。俺と同居して家賃を俺に払うこと」
「なんでも言うこと聞く!……と言いたいけど、仕事が見つからないと家賃も払えるかどうか」
「仕事が見つかるまでは、俺の会社でバイトすること。希望するなら正社員への登用もありだ」
「忍の会社で?」
「お前がどうしてもホストになるって言うから、言い出せなかったんだが、ウチの会社は正社員募集してるんだ。お前、事務機器に強いんだからいくらでも仕事はある。お前の嫌いな営業がメインだけどな」
「いやいや、嫌いじゃないです。俺、営業好きだから! 愚痴もこぼしません! ちゃんと働く!」
「俺は、章吾が真面目に働くってちゃんと知ってるから。助けてくれると嬉しい」
「忍……やっぱり俺、お前に世話になってばっかりだ」
「そうとも限らないだろ。仕事はこれからいくらでも返してもらえる。家賃も半分もらう。それでフィフティーフィフティーだ」
本当は家賃などどうでもいいのだけれど、仲里は沢田のプライドを考えてわざとそう言った。
自信を無くしてしまっている沢田に変な同情は逆効果だ。
「その条件はオッケーだけど……そしたら忍、本当に俺に抱かれてくれるの?」
今にも押し倒してきそうな沢田の身体を押し返しながら仲里は顔が真っ赤になる。
「それが、俺の返事だ」
お預けからよし、と言われた大型犬のように、沢田が仲里を抱きしめる。
「忍、好きだっ! お前、ほんとに俺の好みのど真ん中なんだよ。お前のせいで、誰っとも恋愛できなかったんだからな」
「そういうことは、もっと早く言えっ……んっんん……」
貪るような熱いキス。
この間は泥酔していたけど、シラフで頭がクリアな状態に、激しいキスは刺激が強すぎた。
ねじ込むように沢田の舌が口内を暴れまわり、仲里は頭が真っ白になる。
「んっんんっ……章吾っ……苦しいっ」
「ダメ。忍の気が変わる前にヤらせて」
「ヤらせてって……ここでか??そ、それはダメだっ!」
「どうして」
「家の人が帰ってきたらどうするんだよっ」
「夜警だから朝方まで帰ってこないって」
「そんなのわからないだろ!」
押し倒そうとする沢田を全力で阻止して、仲里は起き上がる。
「その前に、これをなんとかしろ」
部屋の隅にいくつかのダンボールが積みあがっている。
沢田の会社の寮にあった荷物はどうなっているのかと仲里は不思議に思っていたのだが、実家に送り返してあったのだ。
「なんとかってこんな時間にどうするんだよ」
「宅急便で俺のマンションに送る」
「ええぇ今から?」
「つべこべ言わずにやる! 荷物を送ったら、明日俺と一緒に東京へ帰ること。嫌なら帰ってくるまでお預け!」
「わ、わかった。やります、やりますとも!」
従順な大型犬はあっと言う間に荷物を車で近所のコンビニに運んで、仲里の宿泊しているホテルにチェックインする。
深夜の男ふたり連れがシングルの部屋へふたりで入るわけにはいかないので、別にダブルの部屋をとった。
それでもなんとなくフロントの人の視線が気になるのは自意識過剰だろうか、と仲里は思う。
今からやましいことをしようとしているから、人目が気になるのだ。
いよいよ俺もゲイの仲間入りだよな、と仲里は心の中で覚悟を決めていた。
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