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第4話
早朝に向こうを出たので、昼前には地元に到着した。互いの自宅に一度戻る。汚れても良い服に着替え、リュックに準備をしてまたすぐ合流した。
帰ることは伝えてあったが、両親とも仕事で居なかった。宇佐美も似たものだったようだ。
ショベルと水をトランクに積み、目指すのは中学校だがその前に昼食にする。高校の部活帰りに通ったラーメン屋に行くことにした。俺も宇佐美もサッカー部だった。
「ラーメン大盛りにチャーハン一人前が余裕だったのにな。もう苦しい」
シンプルな醤油ラーメンを半分食べて宇佐美が言った。俺はチャーハンを頼んだが同じ意見だ。
「俺も、油がキツい」
「まだ二十代だぜー。さらに家でも飯食ってた学生には、流石に敵わねえか」
「部活の帰りに食うここのラーメン、美味かったなー。いくらでも入った」
「嘘つけ、ネギだけはいつも俺に食わせてた」
学生みたいな顔をして宇佐美が笑う。素直に笑った顔は全然、変わっていない。何かを思い出しかけて俺は目をそらした。
どうせ胸が痛くなることに決まってるからだ。学生時代の思い出なんて。
食事を済ませて中学校に着くと、近所の駐車場を使う。学校の裏手から続く丘に、車は入れない。
森とまではいかない、ちょっとした林の中を十分も歩けば着く場所だが、それだけでサウナかというくらい汗が出る。鳴きまくる蝉時雨 もうるさいだけで、風情など欠片 も感じなかった。
「もしかしなくても今、一番暑い時間帯じゃないの」
「まあ日が暮れちゃうよりはマシだろ。何があるか分かんないし」
宇佐美は俺ほど暑さを感じていないようで飄々 としている。
やがて目の前が開けて、そこが丘の上だ。大きな杉の木が一本、あの頃からなにも変わらぬ風情で凛とそびえている。
「どこに埋めたか分かるの」
「はっきり分かるよ。ちょっと待って──」
スマホを弄りだした宇佐美は、すぐに明るい表情で画面を見せた。杉の木と手前の地面に突き刺したショベルの画像だ。
「そのショベルの下」
片眉を上げて得意げに笑う。
「こんなの取ってあったのか」
覗き込んで画質の荒い杉を見つめる。触れてもいない宇佐美の体温が、肩の辺りから伝わってくる気がした。
「そうだよ。覚えてねえ?埋めた後に撮ったじゃん」
「じゃなくて携帯、あれから何度も機種変したんだろ。その度にデータを保存してあったのかって……」
「ん。別に手間でもないし──」
(宇佐美は本当に、ここに来たかったんだな。俺と二人で)
「あ、空ちょっとやべえかも」
言われて見上げると、雪崩のような雲の下部が真っ黒だった。ホントだ──そう思った次の瞬間には頬に雨粒が当たった。見る間に豪雨に変わる。
急いで杉の下に逃げ込むが、勢いが強くそれほど雨は防げない。
「一旦、車戻る?」
宇佐美が首を伸ばして空を仰ぎながら訊く。
「──すぐやむよ。あっちは明るいし……」
一面が草の濡れる匂いで包まれる。まるで滝の壁が出来たような降り方で、景色がぼやけた。隣で宇佐美が額の、汗か雨を拭っている。
(──ヤバイ)
こんな時に思い出すべきじゃない。
──でも、どうしても重なってしまった。耳の奥の、もっと奥の方に残る歓声が聞こえる。
──高3の夏、俺達のサッカー部はインターハイに出場した。奇跡のような快挙と、周りからは言われた。
大会後も部活に残る3年はいて、俺もその一人だった。有名大を狙う宇佐美は夏で引退──もう決まったことだった。この試合が終われば同じフィールドに立つことはない。部活に行っても一緒にサッカーはできない……。
どうしても優勝する。したかった。出来ないなんて考えてなかった。
けれど結果は、一点差で一回戦敗退。
仲間もコーチも応援に来た学校のみんなも、最高の夏になったと賞賛した。あのインハイに出られたんだ。
──俺も口ではそう言った。
あの時、試合中に雨が降り出した。スコールのように激しく。状況は1‐1で同点。
ボールを持っていた俺は、パスを出すまで死守しなきゃいけなかった。だけど、雨に濡れた芝生に一瞬足を滑らせた瞬間、カットされたボールは相手チームに渡る。その球が、そのままゴールまで運ばれた。
──俺のせいだと、思った。あの時もっと早くパスを出していれば、もっと足元に気をつけていれば、そんな後悔ばかりが胸を覆う。最後の一点が決まったのは俺のせいだ。
コートの横で棒立ちする俺の横に宇佐美が並び立つ。何も言えない、顔なんか見れるわけない。宇佐美には、最後の試合だったんだ──。俺には泣く資格さえない。
俺は宇佐美から顔をそむけて拳を握り締める。宇佐美が力を抜いて、フッと笑った気配がした。そして自分の肩に、俺の頭を引き寄せた。
「泣けばいいじゃん、泣いちゃえよ。──俺は泣き終わったから、慰めてやる」
その言葉を聞いた途端、蓋をしていたネジが吹き飛んだように、涙が溢れて止まらなくなった。何度もごめん、と呟いた気がする。
「誰もお前のせいだなんて思ってねえよ」
優しくなんかして欲しくなかった。宇佐美の声からは俺を励ます気持ちが伝わり、暖かく胸に染み込んでいく。俺は余計に涙が止まらない──。
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