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第2話

「睡眠は俺、本当に下手なんだよな」  朝霧が眠そうに眼鏡の奥の瞳をしょぼつかせながら呟く。 「睡眠に下手も上手いもあるかよ。俺は毎日布団に入ったら10秒で眠れるけどな」 「うらやましいよ」  朝霧のてかてかした安物のネクタイを渡会が掴む。  ブランド物のしゃれた色合いの渡会のネクタイとは比べるのもおこがましいくらいの代物だ。 「お前、俺と違って服にも趣味にも金かけないだろ? 思い切って寝具高いやつにしたら? 」 「入社した年にもうやった。全然改善しなかった」  朝霧は幼い頃から慢性的な睡眠不足に悩まされていた。  とにかく寝るのが下手で、寝つきも悪いし、夜中に何度も目を覚ます。  これはもう改善しないだろうと朝霧は半ば諦めてもいた。 「ふうん」  朝霧の話に急に興味を失ったように相槌を打つと、渡会はさっさと自分のパソコンのキーボードに指を乗せた。  朝霧たちの会社はフレックスだったが、流石にそろそろ自分の仕事に取り掛からないとまずい時間だった。 「それでも今日が金曜日で良かったな。週末はゆっくり休めよ」 「ああ」  朝霧は頷くと、今手掛けている業務のファイルを開いた。  新卒からこの会社で働いて、15年。  キーボードの上で指を忙しなく動かしながら、画面に映った数列とは全く別のことを考えるのも既に朝霧はお手のものだった。  今日はこの感じなら、19時には上がれそうだな。  駅で着替えて、店に着くのは、19時30分を回ったあたりか。  そうして俺はようやくゆっくり眠れる。  平日は睡眠不足がありありと顔にでている朝霧だが、週明けはつやつやと血色の良い顔色で出社しているため、周りも病院に行けだの睡眠薬を飲めだのうるさく言わないのだった。  その理由を朝霧は『翌日、会社だと思うと緊張して余計に眠りが浅い。週末はそういうことを考えずにゆっくり休める』と同僚には話していた。

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