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第26話
「帝、大丈夫? 寝ちゃってない? 」
夏川の問いかけに、朝霧は慌てて立ち上がった。
「ごめん、大丈夫」
「良かった。お昼っていっても、もう15時だけどラザニア作ったんだ。食べるでしょ? 」
「うん、ありがとう」
「あがったら、湯冷めしないようにちゃんと髪、ドライヤーで乾かしてね」
それだけ言うと、すりガラス越しに見えた夏川の姿が遠ざかっていく。
いつの間にか長風呂をしていたようだと朝霧はため息をつき、浴槽からでた。
今までの朝霧からは考えられない行為だった。
長風呂などして、付き合っている相手の機嫌を損ねたらどうしようと、朝霧は風呂はシャワーで10分以内に済ませるようにしていた。
今まで付き合った誰よりも、夏川には嫌われたくないと朝霧は思っているのに、つい自由に振舞ってしまう。
それは8歳も年下の男が、自分を上手に甘やかしているからだと、朝霧は気付かないでいた。
浴室からでると、洗面所には夏川が朝霧の為に買ってくれた部屋着とドライヤーが用意してあった。
部屋着はモコモコとした素材の紺色の無地で、肌触りがとても良かった。
あまりに着心地がいいので、朝霧は自分の家用に同じ物を買おうとしたが、通販サイトで検索すると、一着3万円もすると分かり、結局購入は諦めた。
ゆったりとした造りの洗面所の椅子に朝霧は腰かけ、髪を乾かすと、リビングに向かった。
昨夜、綺麗な夜景が見えた窓から、真っ青な空と、有名なタワーが見える。
「おはよう。サラダのドレッシングは柚子とゴマがあるけど、どっちがいい? 」
「じゃあ、柚子で」
「OK」
夏川は朝霧を抱き寄せ、軽く頬にキスすると、キッチンに戻って行った。
木目の美しい4人掛けのダイニングテーブルに、朝霧は座る。
目の前には湯気をたてるグラタン皿と、深皿に盛られた色とりどりでたっぷりの野菜の入ったサラダ。コンソメのスープが並んでいた。
朝霧の腹が条件反射のようにぐぅとなる。
夏川は食べることが趣味だと言っていたように、外食をするのも自分で料理を作って食べることも好きだった。
毎週末振舞われる夏川の手料理を、朝霧は密かに楽しみにしていた。
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