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第51話

 朝霧の思考は1つとして言葉にならなかった。  言葉を発しない朝霧を夏川が鋭く睨む。 「もし俺がさっき止めなかったらさ。帝はあの男とホテルに行ってたの? 」  朝霧はすぐに首を振った。 「そんなことはしない。第一、あの男は俺に抱いてくれと言ったんだ。リョウとは違うよ」 「自分が抱く側をやりたかったってこと? 」  夏川が首を傾げる。  夏川の問いに朝霧は俯いた。  多分、朝霧はもう抱く方はできないだろう。  夏川とのセックスで散々強い快楽を覚えこまされた体では、到底その気になれない。  だからといって、夏川以外の男に抱かれる想像も、朝霧にはできなかった。  ただそれをここで言うと、自分が夏川に縋りついているように感じて、朝霧のプライドが邪魔をして、沈黙を貫いた。  夏川が大きなため息をつく。 「あのさ、帝とあの男が親し気に歩いているのを見た時、俺がどんな気持ちになったか分かる? 」  それは嫉妬したということだろうか。  それともそれは都合よく考え過ぎだろうか。  朝霧は自分の気持ちは口にだす勇気もないくせに、その答えを必死に夏川の表情から探ろうとした。  夏川は目を閉じ、眉を寄せると、髪をかきあげた。 「帝が多分、過去、恋愛絡みでなにかあって、俺の気持ちを素直に受け入れられないのは何となく分かってた」  夏川の言葉に朝霧は衝撃を受け、目を見開いた。 「それでも無理やり聞きだすことはしたくないし、聞いたところで、俺でも過去は変えられないからね」  ぽつりと夏川が呟く。 「傷つかないように全方位、ハリネズミみたいに警戒している帝のこと可愛いって思ったり、いつか俺のことを信用してくれたらいいなってずっと思ってた」  夏川の独白に朝霧は胸が潰れそうな思いだった。 「あ……」  そんな風に朝霧のことを見守っていてくれたなんて。  夏川の思いやりを自分が踏みにじってしまったのだと、今、ようやく朝霧は気付いた。

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