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第54話

「眠れないなら、産業医に相談するとかもあるだろ。ただの不眠だって続けば馬鹿にできない」 「心配かけて悪いな」  いつにない程、真摯な渡会に、朝霧は素直に頭を下げた。 「本当だよ。お前この前まで元気そうだったじゃん。急にどうしたんだよ」  空きっ腹で飲んだせいで、ビール二杯で、朝霧はかなり酔ってしまっていた。  普段なら絶対に渡会には話さないであろうプライベートな問題がぽろりと口をついてでる。 「振られたんだ、12月に」  朝霧の言葉に驚いた表情を渡会が浮かべる。 「お前、付き合っていた奴いたんだな。恋愛とか興味なさそうに見えたけど」  こくりと幼い仕草で酔った朝霧は頷いた。 「俺は相手のこと好きだったけど……色々誤解があって、結局別れることになってしまった」  朝霧は瞳を潤ませた。  彼のことを想うだけで、泣けるほど哀しい自分は、未だ夏川を忘れていないと思い知らされた。 「俺はそこまで人を好きになったことないから分からねえけど、誤解なんだろ。話しあって解決したら? 」  朝霧は首を振った。 「どのみち俺にはもったいない相手だったから」 「それ、ちゃんと相手に言ったの? 俺には貴方はもったいないので別れましょうって」  朝霧はまた首を振った。 「言えるわけない」  渡会はため息をついた。 「仕事でもそうだけどさ。朝霧ってコミュニケーション能力が異常に低いよな」  仕事は真面目にやっているつもりだった朝霧は、渡会の指摘にショックを受けた。 「相手が分かっているだろうって確認も取らずに、説明を省いたり……まあ、お前が書くコード、本当に美しいと思うし、そっちは才能あんだろうけどさ。恋愛だと、相手がきついパターンだよな」 「どういう意味だ? 」 「だから、朝霧は相手の為に身を引いたって言いたいんだろ? だけど相手に全くそれは伝わっていない。そうだとしたら今、相手はお前と別れた理由を納得していない。理解していない可能性があるわけよ」  自分の拙い説明でそこまで見抜くとは、渡会はすごいなと、変なところで朝霧は感心した。

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