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瞳、奪われる。3
それから夏川は翌日の土曜日も、『やどり木』に顔をだした。
マスターに朝霧は金曜日しか来ないと聞かされ、夏川は肩を落とした。
「ねえ、目当ての人がいないんだったら僕、どう? 」
夏川は隣に座った大学生風の男に声をかけられ、にっこりと笑った。
「いいよ」
男はまさか夏川が了承すると思わなかったようで、頬を赤く染め、呆然としている。
「めずらしいわね」
会計のために財布を取り出すと、マスターが目を細めて夏川を見つめた。
夏川がこの店で散々口説かれ、それを全部振ってきたところを目撃しているマスターとしては、驚くべき光景だったのだろう。
「ちょっとね」
「問題は起こさないでよ」
そんなマスターのお小言を、夏川は笑って流した。
夏川は機嫌よくマスターにウインクすると、男の腰を抱いて、ホテルに向かった。
「誰か好きな人でもいるの? 」
夏川が抱いた男はまだベッドで全裸だった。
対する夏川はもうスーツに着替え、仕事のメールをスマホでチェックしているところだった。
「どうしてそう思うの? 」
男の質問に夏川が首を傾げる。
「うーん。何か僕の体で、実験しているっていうか。男の抱き方を学んでいる感じがしたから」
男の言葉に夏川は思わず苦笑した。
「ごめん。よくなかった? 」
男はがばっと顔を上げると、全裸なのも気にせず、夏川に抱きついた。
「ううん。すっごく良かったよ。優しくしてくれたし、今までの中で最高だった。これも大きかったし」
男はいやらしい手つきで、夏川の股間に触れた。
「それはどうも」
夏川は男の手をさっと躱すと、カバンから煙草を取り出し、口にくわえた。
男が慣れた手つきでライターで、煙草の先に火を点ける。
「ありがと」
夏川は煙を吐きながら、微笑んだ。
夏川は男の裸を見ても、全く興奮しない自分に、やはり自分は異性愛者なのだと確信した。
男に触れられても、夏川の屹立はぴくりともしなかったので、夏川は自身で強めに擦り、今夜は何とか勃起させたのだ。
それでもあの人の裸とか泣き顔とか想像するだけで滾るのは、何なんだろうな。
夏川は天井に向かって煙を吐きながら、朝霧のことを考えた。
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